広島訪問PART1

2025年12月08日

ネットで広島城閉城のニュースを見て、広島へ一泊二日の旅に行ってきた。広島には以前に立ち上げた営業所があるので、何回も訪問していたが、名所旧跡には行ったことがなかった。いつも路面電車から「原爆ドーム」を見ていたが、見学したこともなかった。一日目は、広島城→広島護國神社→原爆ドーム→平和記念公園→広島平和記念資料館を巡り、二日目は、宮島(厳島神社・大願寺・紅葉谷公園)をゆっくりと見学してきたので、PART1では広島城周辺を報告する。広島駅より観光ルートを巡るバスが出ているのでそれに乗ってまずは広島城へ、来年3月22日で老朽化のために天守閣には登れなくなる、確かにかなり老朽化が進んでいるように思われた。この城は1589年に毛利輝元公が築城し、1945年に原爆投下で倒壊、1958年以降に再建されて67年、解体・改修等は今の時点では決まっていないが天守閣にはもう登ることはできない。広島市街が一望できる。そしてお城の横に広島護國神社がありお参りし、開運のお守りを頂き、バスに乗って原爆ドーム周辺を散策した。PART2で。

秋深し もう登れない 天守閣

春暁や 城あらはるる 松の上

(正岡子規作・静かで美しい春の朝の一瞬を切り取った作)

天守閣

 

天守閣からの眺望

 

広島護國神社

開運お守り

望年会

2025年12月06日

12月5日、川西市多田の料理屋「かぐらざか」で忘年会を行った。今年3月半ば松山寺先代住職が92歳、天寿を全うされた。数年前から体調を崩されて伊丹市の同門である曹洞宗の荒村寺様にお世話になっていた。松山寺の相続や継承がようやく片付き、住職ご夫妻並びに役員等10名参加のもと忘年会を行った。挨拶で住職様は、亡くなられた先代を思いつつ来年に向かって希望の持てる年「望年会」としたいと仰られた。仰られる通り、役員一同は70歳を超えており、残り少ない人生を、一年一年希望の持てる年としたいと願っている。みんな楽しく飲んで食べて有意義な2時間を過ごすことができた。次は年末大晦日の除夜の鐘突き、今年一年の厄を祓い、来年午年には「天高く馬肥える秋」としたい。

只管打坐 無心の境地 私無理

欲を捨て ただただ無心 私無理

 

(荒村寺住職様 作)

私無理 私無理でも 皆仏

荒村寺一口メモ:荒村寺の名前の由来は江戸時代に伊丹の木綿屋徳三郎という方が、伊丹市堺町(今の伊丹3丁目辺り)の閑室(人気がなく静かな場所で禅宗ではこうした静かな空間で座禅や瞑想を行う場所)に禅宗の高層を招いて、参禅したのが始まりで天保年間に一妙法国尼が開基となり、「城山庵」と呼ばれ、有岡城の城主だった「荒木村重」の古城跡にちなんで、「荒村庵(こうそんあん)」となり、昭和39年(1964年)に現在の「荒村寺」という正式な寺号になったそうです。

荒村寺様のホームページ、ぜひ一度閲覧ください。https://kosonji.com

「料理屋 かぐらざか」         「懐石料理一式」

 

「今の荒村寺」

 

 

初雪

2025年12月04日

朝起きると、薄っすら雪化粧、午前7時の外気温は0度、おそらく深夜冷え込み雪になったのか?今もちらほら雪が舞っている。昨年の初雪のブログを探していると、12月19日、昨年より2週間早い、昨夜の天気予報では、今季最強クラスの寒気が流れ込んでいて日本海側では大雪だそうだ。この辺りでも路面も凍結するので、お車で出勤される方は十分に注意して運転してください。

初雪や あっという間に 一年か

(しみじみ、歳を感じる、一年経つのが早い)

初雪や かけかかりたる 橋の上

(松尾芭蕉の句:元禄6年(1693年)の冬、墨田川に新しく架けられていた橋の工事を見ながら詠まれたものです)

 

 

火天の城

2025年11月30日

「火天の城」山本兼一原作で2009年に映画化されました。まずはプライムビデオで映画を見て、さらにアマゾンのキンダル本を購入し読んでみました。映画は原作とはかなりアレンジされておりました。映画は、宮大工の棟梁を今は亡き名優の西田敏行さんが、そして織田信長を椎名桔平さんが好演されておりました。簡単にあらすじを説明すると、熱田神宮の宮番匠(宮大工)の棟梁が織田信長の命令で安土城を建てるまでの物語です。その中で色んなドラマがあり、職人の棟梁は「徳」で皆を導く、武家の棟梁は、「力(武力)」で皆を支配するというようなことを言ってるんやなーと感じました。出来上がった安土城は、天主、地下一階、地上六階建てでその高さは32メートルもあったそうです。この城を作った目的は、岐阜城より京に近く琵琶湖の水運が利用できて「天下布武」(信長の天下統一事業)の象徴とするためで、天主の最上階に信長が起居しました。名だたる家臣(羽柴秀吉・柴田勝家・前田利家その他の多くの家臣、あの明智光秀も)の屋敷が天主にのぼる大手道の両脇にずっと続いて建っていたそうです。ちょうど2年前に安土城跡を見学に行きましたが。安土城は、1579年に完成しました。ただ家臣の明智光秀の謀反で信長は殺され、1582年にわずか3年で焼失してしまいました。武だけでは国を治めることはできない、そこには徳がいる、ということです。

織田信長の辞世の句:「人間50年化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」

在りし日の 西田敏行 思い出す

実行力 徳も備えた 総理だれ?

一様は 私も党員 だれ選ぶ?

(少し前に書きました。今は高市早苗総理大臣です。日中関係が急激に悪化しています。国会で台湾有事に関する質問を受けた時、いままでの総理なら回答は濁して中国を刺激しないような答弁をしていましたが、高市総理は、次のように発言しています。「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」色んな考え方があると思いますが、今の中国軍の武力を使った示威行為(日本の領土である尖閣諸島への圧力や南シナ海の南沙諸島、西沙諸島の中国による実効支配などなど)は目に余るものがありますね。)

「ちなみに存立危機事態とは、2015年に成立した平和安全法制の中で導入された重要な概念で、日本が集団的自衛権を行使できる条件の一つ」

映画見て 今の現実 重ねてる

天主に続く大手道

 

 

天主最上階

 

信長公御座所

 

信長公御陵

    

クワガタのその後

2025年11月27日

10月16日のブログに書いたようにクワガタを飼い始めて1か月以上が経った。日中は、おが屑の中に潜っていて、見たことがなかった。ゼリーの餌が減っているので、生きていることは確認していた。段々寒くなってきて、ずっと家の中の虫かごに入れていたので、今日は良い天気、ひなたに出してみた。しばらく経って見に行くと姿を表わしていた。おが屑の上をウロウロ、拍子で転んでしばらくもがいていたが、何とか起き上がり、餌のゼリーを食べていた。3時間余りの日光浴、室内に入れて、暗くなってきたので毛布で虫かごを包んで保温、高温や乾燥に弱いそうで、定期的に虫かごのおが屑に霧吹きをしている、この冬を超えて夏にはどんだけ成長しているか楽しみである。皆さんに成長したクワガタ君の姿を見せたいと思っている。

飼ってると 段々情が 湧いてくる

餌に顔 突っ込んだまま 動かない

クワガタは転ぶと自力では起き上がれない、そのために足が引っかかる木や石をかごに入れるようにするそうだ。

一年越しの桑名訪問PART2

2025年11月24日

みんなに合流して、少し早いですがなばなの里にイルミネーションを見に行ってきました。午後5時、外は薄明りも鮮やかに点灯して、光のトンネルや色んな工夫をしてお客さんに楽しんでもらえる演出がそこかしこに沢山ありました。四季の富士山が次々に変化する姿や川面に写る真っ赤に紅葉したもみじが霧の中に浮き上がったり、2時間があっという間に過ぎていきました。私が旧跡を回っている間にスパーランドで一杯遊んだようで、何が面白かったか聞くと鯉の餌やりだったそうで、明日帰る前に一緒に行こうと云うので行ってきました。確かにはまりそうになりますね。お昼に名古屋駅にバスで戻り、新幹線で遅めの名古屋名物のお弁当を食べて、無事に帰ってきました。楽しい二日間でした。

口開けて 餌を待ってる 鯉・鯉・鯉

四季写す イルミネーション 鮮やかに

光舞う 紅のもみじが 水鏡

鯉の餌やり

イルミネーションの数々

 

 

春の富士

夏の富士

秋の富士

冬の富士

展望台がUFO

 

インフルエンザ大流行の兆し

2025年11月21日

インフルエンザで川西市と池田市に住む孫たちの小学校で学級閉鎖や学年閉鎖が起こっている。テレビやニュースでも頻繁に取り上げられており、例年より流行が早くなった理由として、①記録的な猛暑による睡眠不足や夏バテによる栄養不良と冷房の効いた室内で長時間過ごすこと、②流行地域からウイルスが流入したこと(オーストラリアなど6~8月の冬の時期に流行していた)特に海外からの観光客が多かったことで流行が早まったと考えられている。罹りやすい人の5つの特徴として、1.血糖値が高めの人(白血球が減っており、免疫力が低下している) 2.肺炎にかかったことがある人(もともと感染症に抵抗力が弱い) 3.アレルギーのある人(常に免疫が過剰に反応していて炎症で防御機能が疲弊しがち) 4.栄養不良(免疫細胞そのものを弱らせている) 5.多忙・睡眠不足(免疫関連のホルモンの乱れ)が挙げられている。今インフルエンザA型(特に香港A型「A/H3」)が流行っており、罹らないようにするためには、一にワクチン接種、二に手洗い、三にマスク着用、四に室内の換気と湿度管理(50%~60%)五に感染者との接触を極力避ける、と言われている。罹ってしまうと、潜伏期間1~5日間で発症し、感染力のピークは、発熱などの症状が出始めて72時間、発症1日前から発症後5日間まで感染力があるそうだ。今は良い薬があり、一般的な飲み薬タミフル(1日2回5日服用)同じく新しい飲み薬ゾフレーザ(1回のみ服用)その他吸入薬のリレンザ、点滴薬のラピアクタがある。兎に角発症したら、すぐ医療機関に受診し、お薬を早く飲むと早く治る。罹る前にまずはワクチン接種しよう。

高齢者 まずはワクチン あとマスク

罹ったら すぐに診察 あと薬

 

 

一年越しの桑名訪問PART1

2025年11月20日

昨年この時期に桑名の長島温泉のスパーランド&なばなの里のイルミネーションを見に行こうとしていましたが、私はコロナ感染、ひと家族は、風邪による発熱で、元気なメンバーだけで行く事になりました。1年越しのリベンジで行けなかったメンバーで無事に行くことが出来ました。私は、メンバーと離れて行きたい所があり一人別行動、「七里の渡し跡」と東海道53次の42番目の宿場町桑名宿を探訪、昨年末に熱田神宮に行った時に41番目の宿場町が宮宿(熱田宿)で昔はこの辺りまでが海だったそうで、東海道53次で唯一の海上ルート、およそ28kmを渡し舟で桑名宿で渡ったそうです。それで七里の渡しになったとか、明治5年(1872年)に陸路である新東海道が出来て廃止になったそうです。ちなみに東海道53次に2番目に旅籠の数が多かったのが桑名宿で120軒、1番は宮宿で247軒もあったようです。桑名の名物は、焼き蛤と安永餅(賞味期限3日)、どちらも美味しく頂きました。今もこの周辺には蛤料理が食べられる料亭が何件もあり、桑名の守り神として崇拝されている桑名宗社という春日神社があり、お参りして開運のお守りをゲットしました。七里の渡し跡はしっかりと整備されており、今は揖斐川の近くに資料館もあり、多くの人たちが訪れておられました。さあ、みんなに合流しよっと。

伊勢参り 旅籠が多い 宮・桑名

東海道 昔は歩く ここは船

桑名から お伊勢さんまで 餅街道

(赤福餅・安永餅以外にもおきん餅、太閤出世餅など10種類もありそれで餅街道と言われていた)

(七里の渡し跡)

 

(資料館)

 

(桑名宗社)

 

(開運お守り)        (安永餅)

 

 

 

一泊二日の伊勢旅行PART3「居酒屋 虎丸」

2025年11月17日

お昼におかげ横丁で伊勢うどんを食べました。大変美味しかったので、私もですが、皆お土産に購入していました。午後4時にホテルにチェックインして、予約していた「居酒屋 虎丸」にホテルの車で送ってもらい、入店、藏風の天井の高いお店はほぼ満席、人気店で朝、漁ができないと店を閉めると事前に云われていましたが、大丈夫でした。出てくる料理はみんな伊勢湾で今日採れた魚、9種盛の刺身、特に美味しかったのはアジのフライ、刺身で食べられるアジをフライにして厚みに切ってワサビとマヨネーズで頂くと絶品、もう一皿おかわりして、色んな一品を頼み、最後に太刀魚のしゃぶしゃぶ、これも絶品でした。しかもいろんな地酒をおかわりして、食べるは飲むわの2時間半、明日のゴルフは早めのスタートなんで、一軒で切り上げホテルへ歩いて10分、明日に備えて早い目の就寝、熟睡し、気持ちよく目覚めて朝食を食べ7時20分にホテル出発、8時スタート、2時にホールアウト、皆無事に帰宅しました。実に楽しい二日間でした。

伊勢湾の 獲れたて刺身 絶品だ

アジフライ イメージ違う アジフライ

太刀魚も シャブシャブすると 別物に

大将は 言葉悪いが 気は優し

(漁師そのまま)

 

9種盛     アジフライ

 

太刀魚のシャブシャブ動画

 

 

一泊二日の伊勢旅行PART2「二見輿玉神社参拝」

2025年11月14日

伊勢神宮参拝を終わり、およそ15分で、夫婦岩で有名な二見輿玉神社に参拝してきた。

思い起こせば、60年前の小学校6年生の修学旅行で、訪れた。

その10年後の大学の卒研旅行でも訪れたので、古いアルバムから写真を探してきたのがこれです。

今回の旅の同行者の一人は小学校の同級生、二見が浦の旅館で泊まり、

枕投げをしたなーと大昔を思い起こしていた。

小学6年生の修学旅行   大学の卒研旅行

 

二見輿玉神社本殿   今の夫婦岩

 

朝日の夫婦岩

開運お守り