ワールドカップ2026 終戦

2026年06月30日

今日は6月30日、水無月の最後の一日です。水の無い月?梅雨時期でしかも台風の影響もあり、あちこちで大雨による被害が発生、水無月(みなづき)というより水多月(みたづき)?水無月を調べてみると、「無」は「の」と読み、「水の月」・田んぼに水を引き、稲が育ち始める月だそうです。そんなこんなで、朝3時に目が覚めて、ワールドカップ2026の日本対ブラジル戦を観戦、残念ながら1:2で負けました。90分間1:1の同点、延長戦に入ってブラジルが決勝点、残り2分、最後の攻撃でしたが、残念な結果となってしまいました。観戦中は、ほとんどブラジルの一方的な攻撃に晒されて、よく凌いでいましたが、力尽きた感じ、スタジアムのサポーターの人数も8~9割はブラジルサポーターの黄色で埋め尽くされていましたが、そんなアウェイの中で、しかも優勝候補のブラジルに先取点を取り、よく頑張っていたのではないでしょうか、確実に日本は強くなっているように見えました。これからの日本の戦いが楽しみです。                                                                                     頑張れニッポン、頑張れサッカー日本代表の選手たち。本当にお疲れ様でした。そんなことを思いながら、宮沢賢治のこんな詩を思い出して、書いてみました。

雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだを持ち 欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きしわかり そして忘れず 野原の松の林の陰の 小さなかやぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行っての稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいといい 北に喧嘩や訴訟あれば つまらないからやめろといい 日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにデクノボーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい

 

 

琵琶湖 城巡り PART2

2026年06月29日

久しぶりの彦根城訪問、表門橋から入城しました。すると彦根城博物館の回り廊下で、なんと「ひこにゃん」」が軽く踊っていました。司会のお姉さんの巧妙なトークで。「ひこにゃん」の命名の由来などを聞いておりました。さあ本丸へ、長―い石段、天秤櫓と太鼓門を越えると到着、本丸を下から眺めて、横の茶店でアイス最中購入し、食べながら降りようとすると、店員さん「トンビが狙って取りに来るので危ないからテントの中で食べてください」とのこと、お言葉に従いしばし休憩、後は安土城跡へ急いで向かいました。彦根城から宿泊ホテルまで60km、1時間半、安土城へは登れんなーと入り口でパチリ、2年前に登った時は、彦根城以上のきつい登り路でしたので、即諦めました。一路ホテルへ、午後六時にホテル到着、明日は雨模様、11時のチェックアウトまで、朝風呂入ってゆっくりしようっと。「近江尽くし」のもてなしの夕食は,PART3でご報告。

彦根城 世界遺産を 目指してる

ひこにゃんは ゆるキャラブーム 火付け役

「ひこにゃん」一口メモ:どうして「ひこにゃん」が誕生したのかを調べてみました。江戸時代二代目の彦根藩主井伊直孝を救ったとされる「招き猫の元になった白猫の伝説」がモデル、直孝が江戸の豪徳寺の前で雨宿り、その時、寺の門前で白猫が手招き、直孝が近づくとさっきまでいた場所に雷が落ちて難を逃れたことに感謝して豪徳寺を井伊家の菩提寺にしたことが、井伊家と白猫が「招き猫」の起源の一つとも言われ、「ひこにゃん」の猫デザインの理由との事、頭にかぶっている「赤い兜」は井伊家の赤備え(あかぞなえ)を表わしており、これが「ひこにゃん」という構成になっているそうです。 今度、豪徳寺を訪ねたいと思います。

ひこにゃん
彦根城本丸へ続く長ーい石段

 

彦根城 本丸
 
安土城跡 天主に続く大手道 安土城天主(前回訪問時の写真)

 

彦根城を世界遺産に

マンマミーヤ

2026年06月26日

FIFAワールドカップ2026の日本対スエーデン戦で、引き分けてグループFで2位通過、次はブラジル戦、32チームのトーナメント戦です。一発勝負、厳しい戦いですが、頑張れニッポン。スエーデン戦の戦いが終わり、もうすぐ40歳の長友佑都選手が、インタビューで最後に「マンマミーヤ」といった言葉、どっかで聞いたなと考えていたら、孫娘が、ショートメールのやり取りで言ってたことを思い出しました。「マンマミーヤ」は、イタリア語で「Mamma mia」、直訳すると私のお母さん、「なんてこった、うわぁ、信じられない」といった驚き・感動・困惑を表わす感嘆詞だそうです。英語で言うと「Oh my God」、よし、これからは、「Mamma mia」これ使おっと。

マンマミア オーマイゴッド なんてこった

イタリア語 聖母マリアに 繋がるよ

 

 

胃カメラ&大腸ファイバーの結果報告

2026年06月24日

2週間後に検査の結果を聞きに行きました。画像を見せてもらい、図で丁寧に説明してもらいながら、食道は、問題なし、胃にはびらん「皮膚や粘膜の表面(表皮)が欠けて、浅くただれ、下の組織が露出した状態のことです。潰瘍より浅く、治れば跡(瘢痕)が残りにくいのが特徴」があり、2か所生検、どちらもGroup1(良性)、ピロリ菌マイナス問題なし、さて問題の大腸です。継室多発も炎症所見なし、ポリープの小さいのが、S字状結腸、下行決勝、盲腸にあり、切除、良性の腺腫で問題なし、最後の一つ、横行結腸に1.2cm大のポリープ、検査日に画像を見せられ、ちょっと気になるとの指摘、細胞診に出しますとのお言葉、診察終わり、もし癌ならどこで手術しようか友たちに相談も、そんなん大丈夫や、気にすることないと簡単にのたまいます。この2週間が大変長く感じました。結果は良性の腺腫でした。心配してくれる妻や友達に連絡、すぐに京都での飲み会決定、今回紹介してくれた友やゴルフ仲間と飲み会したいなーと思いながらの三宮駅までの帰り道に小野八幡宮という神社があり、早速お参りし、さらに生田神社にもお参りして、家路に着きました。神社仏閣、信心のお陰かな?

ホッとする 最悪のこと 考える

受けてみて 症状なくても 病気あり

改めて 早期発見 大事やなー

皆さんも 一度受けては どうですか

小野八幡宮一口メモ:源平合戦のゆかりの地として知られており、古くから武運長久・厄除・交通安全の神として信仰されています。主祭神は、応神天皇(仲哀天皇とあの有名な住吉大社の祭神である神功皇后の子)で八幡神として神格化されています。

小野八幡宮

 

生田神社

検査結果の説明図

琵琶湖 城巡り PART1

2026年06月22日

長浜市へ行ってきました。自宅より新名神・名神・北陸道で150kmようやく到着、まずは腹ごしらえ、事前に調べていた「そば八」へ、なんとあの小泉純一郎元総理大臣も訪れたそうです。私はそば八天もり、相方は一番人気の十八文そば、大変美味しゅうございました。黒壁クスエアやよく整備された街角を探索、秀吉亡き後町民が建立した「豊国神社」参拝、こんな縁起物・瓢箪ゲット、ここから車で5分の長浜城歴史博物館に行きました。長浜城は、豊臣氏が滅亡すると、跡形もなく取り壊され、田畑として活用されていましたが、明治42年に長浜城跡を公園として整備する計画が立てられ、豊公園(ほうこうえん)が開園しました。その後昭和58年に、多額の寄付や市民の要望で城郭型の博物館が建てられ歴史博物館として開館しました。2階3階の展示場を見学、5階の望楼(展望台)より360度を眺望、悠久の歴史を感じることが出来ました。次は彦根城へ、PART2でご報告。

出世城 ここがスタート 天下取り

独裁者 どこかで狂う 進む道

(朝鮮出兵など)

豊臣と 徳川の違い どこなんや

徳川に 対抗しうる 者はなし

羽柴秀吉一口メモ:織田家の重臣、丹長秀と田勝家の一字をもらい受け、1573年羽柴秀吉と苗字を変えました。この年に姉川の戦いで浅井長政軍を滅ぼした功により、浅井家の領土や城も引き継ぎ、小谷城に本拠を構えましたが、水運の便が良い長浜に、長浜城を作り、北近江三郡12万石を領する城持ち大名に初めてなりました。10年間長浜の繁栄に寄与し、領民にも慕われていたそうです。それには秀吉の弟、小一郎秀長も大きく貢献しました。

そば好きで知られる小泉純一郎元総理も訪問
 
長浜黒壁の街並み

 

豊国神社                    縁起物の瓢箪
 
長浜城歴史博物館
  
望楼(展望台)から遠くに見える竹生島など

 

友が作った漬物 ブログ第二段

2026年06月18日

2024年10月頃にブログに載せた漬物、その時は、キュウリとナスの浅漬けでした。それ以後何回も友が漬けた漬物をもらいました。このブログ内容は少し前の話なんですが、沢庵と2種類の白菜の漬物を持って来てくれました。どちらも自分の畑で作った野菜です。早速カミさんと一緒に昼食に、夕食に頂きました。ご飯にも日本酒にも合う、食卓の満足度を一気にあげる一品でした。この漬物を切ることは出来ましたが、作ることは出来ません。これからもお母さんの味に近づけるように頑張ってください。また持って来てね。

2024年10月のブログで読んだ川柳4題

きゅうり・なす 自作の糠で 漬物を

初めより 次の漬物 上達す

とは言えど 奥は深いぞ 漬物は

お袋の 漬物の味 思い出せ

2026年4月に詠んだ川柳2題

沢庵も 白菜漬けも パーフェクト

ひょっとして おふくろの味 これかもね

2024年10月の漬物     2026年4月の漬物

 

 

 

山椒の実

2026年06月15日

毎年、姉が摘んだ山椒の実をもらいます。この実には枝が付いており、カミさんの指示で枝取りをちょっとだけ手伝います。取れたての山椒の実で作るちりめん山椒は格別です。他には昆布の佃煮に入れたり、タケノコに入れたりとか山椒の木の若葉は、木の芽和えと大変重宝しております。私の家の周りにも山椒の木がありましたが、枯れたり、伐採したりで今はありません。山椒は時期により葉山椒で頂いたり、粉山椒としてうな重やうどん・そばにかけたりできます。ちなみに葉山椒は3~4月、香りが最も良い若葉の時期、青実山椒(山椒の実)は5~6月、色が変わる前の鮮やかな緑色のうちに収穫、完熟山椒(粉山椒)は9~10月、赤く熟し、皮が割れて黒い種が見える状態、このように収穫のタイミングで色々楽しめる山椒、素晴らしい食材ですね。「山椒は小粒でもピリリと辛い」

山椒は 料理引き立て うまさ増す

山椒は 時期に合わせて 味ヘンゲ

山椒の実(この枝を取ります)
 
葉山椒           赤く熟した山椒の実
 
ちりめん山椒

梅雨の晴れ間に

2026年06月12日

いつもの通り早く目が覚め、書斎の机でブログを書いていると、塀の上に2羽の雀、するともう2羽が合流、どういう関係?少し観察していると、たぶん恐らく母雀と子雀3羽?梅雨の晴れ間の早朝にチュンチュンと楽しそうに何か語らっている?ように見えた心が和む瞬間でした。

塀の上 皆でチュンチュン 何思う

恐らくは 今から朝飯 何食べる?

先頭で 飛び立ったのは 母雀?

えさ場へと 虫を探しに 行ってもた?

 

スズメ一口メモ:雀の雄・雌の区別で最も確実な外見の見分け方は「喉の黒い模様(ネクタイ)」の大きさと濃さ、オスは黒い部分が濃くて大きい・メスは黒い部分が薄くてほぼ無い、ただ鳥の視力は人間の4~8倍、そして警戒心が強くて中々雄雌の鑑別をするのは至難の業ですが、今度機会があれば遠くから双眼鏡で確認したいと思います。

 

胃カメラ&大腸ファイバー同時に検査

2026年06月10日

私の回りで友人知人が、大腸がんや胃がんになるケースが増えてきている。そんな時にいつものゴルフ仲間が、内視鏡のベストドクター知っていると言うのをゴルフカートで移動中に聞いてもう一人のメンバーがJR三ノ宮駅近くの「とよだ内科・内視鏡クリニック」を受診し、上下同時に内視鏡を行い、大腸にポリープはあったが、良性やったと喜んで、次はお前の番やと強く勧められて後へは引けず、9日に予約を取ってもらい、受診し検査もしてきました。大腸の前処置(残便を全て出し尽くす)が大変、2日前から消化の良い物を食べ、前日は午後8時までには夕食を終える、後は水以外絶食です。先生の問診が終わり、10時45分よりスタート、ビニール袋に入った2リットルの下剤薬(モビプレップ)を15分で約160ccを2回、15分で水160ccを1回、これを3回繰り返すと下剤1000cc、水500ccを飲むことになります。私の場合1回目は、一切便意起きず、2回目からトイレ通いが始まり3回目の下剤を一口飲むころには、黄色味を帯びた水様便で固形物なしの状態となり、看護師さんを呼んで確認してもらいました。午後2時検査でしたが、午後1時の方はまだ無理なようで、一人繰り上げて検査することになりました。お尻に穴の開いた上下の使い捨て検査着に着替えて、ベッドへ、看護師さんが水分補給用の点滴を確保し、血圧、脈拍測定器セット、胃カメラ用のマウスピースを装着して、準備完了です。そして術者の豊田先生の登場です。検査の説明と鎮痛・鎮静剤を点滴より投入、胃カメラ中は、完全に夢の中、大腸ファイバーもいつ挿入されたかもわかりませんでしたが、後半は眠りから覚めて、先生の声もはっきり聞こえていました。そして終了、少し待合で待って、先生から図を描きながら検査結果を懇切丁寧に聞かせて頂きました。ポリープの細胞診の結果は後日お聞きすることになり、日時を決めて、家路に着きました。初めての胃・大腸同時検査でしたが、先生をはじめ、スタッフさんの親切な対応とクリニックの設備の良さや流れがスムーズな導線の良さ、長くクリニックの開業支援に携わっていた身として、自分が患者という視点・観点で見ることが出来ました。細胞診の結果がどうあろうと、定めを受け入れ、前向きに前進あるのみ(そんな大層な)今日は川柳、止めにします。

ベストドクター一口メモ:ベストドクターとは、医師同士の相互評価によってえらばれた『名医』を紹介し、治療選択やセカンドオピニオン取得をサポートする医療支援サービスです。豊田昌徳先生は2024年―2025年に選出されておられます。例えば、同僚の医師から「自分や大切な家族の治療をどの医師に任せるか」という視点で推薦された医師が「ベストドクター」として認定されます。

クリニックの入っているビル  クリニック入り口

 

クリニック内部

 

前処置のための個室スペース   隣のトイレ

 

下剤と記入カード     便の推移(4の黄色の透明感・これで検査OK)

 

ベストドクター

阿部慎之助事件

2026年06月08日

阿部巨人軍元監督の家庭内暴力とChatGPTから始まった「想定外の連鎖」、色んな論評や記事が出ておりました。特に島田裕巳さん(宗教学者・作家(「葬式は、要らない」」という著書読みました)・東京大学先端科学技術研究センター特任研究員など歴任)と真鍋昭夫さん(現多摩大学教授・みずほ総研主席研究員を経て色んな大学の教授歴任)、どちらも私と同い年ということで、記事を詳しく読んでみました。島田さんは、宗教学者という立場から、「この事件は極めて重要な意味を持つ、これまでの常識をくつがえす革命的な出来事かもしれない」、娘さんがすぐにAIに相談したこと、生成AIは使えば使うほど、使う側に寄り添ってくれる、相談役として人間はAIに後れをとる、私たち人類は、重大な岐路に立たされていると締めくくっておられます。また真鍋さんは、AIを使う側の人間が、考える力がないと道具に使われ、阿部慎之助さんが娘さんの目の前で、逮捕される最悪の結果となったと、これは、娘さんがChatGPTに相談し、その指示に従った結果であり、使う側の人間が、自らの知見、センスを磨き、意思決定に責任をもつこと、他の人との議論によって理解は深まり、自分なりの意見、価値観は徐々に形作られる、AIをより上手に、安全に使うことが大事であると言われています。私もブログの資料調べに、生成AIの「Microsoft Copilot(副操縦士)」をよく使います。Copilotの名称の通り、良き相談相手であり、それ以上でも以下でもない、情報は正確で念のために再度精査しますが、正しいです。たまにテーマを与えて、川柳を書かせたりしていますが、私の感性(そんな大層な)とはかなりずれており、使ったことはありません。使う側の我々が、上手にAIを利用して、あくまでも参考として活用すること、これが大事であると改めて感じました。

AIの 情報鵜呑み それはダメ

AIと 適度な距離で 相談す

AIに まずは相談 答え見る

AIの 答えまず見て 自問する

生成AI一口メモ:ChatGPTは、OpenAI社が開発しました。2021年に経営方針の違いから幹部数人が独立して、Anthropic社を設立して、イラン最高指導者ハメネイ師の暗殺作戦にAnthropic社の大規模言語モデル「Claude(クロード)」やPalantir社のデータ統合AI「Gotham(ゴッサム)」が使われて、この作戦を成功させました。特に「Claude」は軍事作戦における意思決定支援として重要な役割を果たしたそうです。そして、Anthropic社はアメリカ市場に上場申請し、時価総額は一兆円、トヨタの45兆円をはるかに凌ぐ規模になったのは設立後たった5年です。今後ますますAIは発展・発達して我々の生活に欠かせないツールとなってきます。さらには、AIが意思も持つようになり、人間を支配する時代が来るかもしれませんね。