出雲への旅・ご縁を求めて PART2

2026年04月17日

昨日は、食べすぎ・飲みすぎ・喋りすぎ・歌いすぎで朝起きたら声がかすれていました。朝ごはん食べられるかと思いきや、しっかり食べて、腹ごなしに30分ほど米子駅周辺を散策、9時に出発、30分で境港の水木しげる記念館に到着そして見学、水木しげるロードにある妖怪神社参拝、土産物購入し、90km1時間30分程で次の目的地白兎神社に到着、お昼を回っていたので、近くの白兎海岸にある道の駅「神話の里 白うさぎ」のレストランで「海鮮ちらし寿司セット」を頂き、白兎神社に参拝いたしました。この神社は、日本神話に登場する因幡の白兎が主祭神で、出雲大社の主祭神である大国主神と八上比売(やがみひめ)との婚姻を取り持ったことから特定の人との親交をより深める神として信仰されており、ここでもほかの孫たちのお守りと土産物を購入、海の幸の干物等を物色するも店には海産物はおいてありませんでした。おそらく地元との話し合いで同等品は置かない取り決めがあるのか?店員さんに確認すると5分位で賀露港に海産物店があるとの事で帰り道でもあり、行ってきました。どの海産物も安くって種類豊富、みんな一杯買っていました。これで今晩のおかずと酒の当てもできて、帰路に就きました。途中の中国道加西インター辺りで前に制限速度で走っているダークブラウンのクラウン、追い抜こうと追い越し車線へ出て加速、なんか胸騒ぎ、助手席の友に確認してというと青い服にヘルメット、覆面パトカーやと大声、加速する前で、そのまま覆面の前に出て、しばらく制限速度で走っているとその覆面パトカーは加速して遠ざかっていきました。もしあのまま加速しておれば、即アウトでした。これも3か所の神社をお参りしたご利益ですかね。無事に家に到着、めでたし、めでたし。楽しい一泊二日の旅でした。

白うさぎ? よく見てみると 白い猫

白兎神社 縁でつながる 出雲大社

白兎神社と出雲大社  社殿もよう似てると思いません??

 

白兎神社にいる白うさぎ?

水木しげる記念館             妖怪神社

 

道の駅の海鮮ちらしセット

紹介された海産物店

これらも1パック350円安い。

 

出雲への旅・ご縁を求めて PART1

2026年04月15日

小学校・中学校時代の友達4名と島根県・鳥取県に1泊2日の旅に自家用車で行ってきました。午前8時出発、小雨が降っておりましたが、高速道路で北へ向かうほど雨が上がり晴れ間が覗いてきて、宍道湖畔では晴天、小春日和、シジミ料理を食べようと物色するも食事処無し、仕方なく丸亀製麺でアサリうどんを食す(なんでや)。お腹も膨れ目指すは出雲大社、30分で到着しました。久しぶりの参拝です。無料駐車場はほぼ一杯、人も一杯、本殿参拝、神楽殿にあるしめ縄は太さ日本一(直径約8m)、ちなみに長さ・重さ日本一は常陸国(茨城県)の出雲大社で長さ16m、重さ約6トンだそうです。孫たちにお守りを購入し、お土産も購入、目的を達して、米子市駅前のホテルへチェックイン、片道300km、夜の宴会に備えて、ちょっと仮眠、今回のもう一つの目的はサバしゃぶ懐石を食すことです。ついでに飲み放題も頼み、飲んだ飲んだ、食べた食べた、喋った喋ったの2時間、次はカラオケ店、飲んだ飲んだ、歌った歌ったの2時間、締めは、いつものラーメンでした。きっと帰ったら体重増えてるやろーなー、案の定2kgも増量、残念。PART2に続く。

出雲大社一口メモ:創建は神代の時代(日本神話において神々が世界を治めていたとされる時代)、御祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)、古代より杵築大社(きずきたいしゃ)と呼ばれていたが、1871年(明治4年)に出雲大社と改称した。60年に1回遷宮(本殿を建て替える際にご神体を別の場所へ移す儀式のこと)、ちなみに伊勢神宮遷宮は20年に1回。

旅に出て さらに密なる 縁繋ぐ

宍道湖で シジミ食べずに アサリ食う

出雲大社 本殿&拝殿

 

神楽殿の日本一のしめ縄

宍道湖近くのアサリうどん(シジミ違うの?)

サバしゃぶと動画

またまた地元で一杯

2026年04月12日

友4名とバスに乗って、韓国料理の店と居酒屋へ行ってきました。午後4時40分に入店、韓国家庭料理も出てくる焼肉屋で、付け出しの生野菜を「サムジャン(コチュジャンと味噌がベース)」で、ナムル(野菜や山菜をゆでたり蒸したりして、塩・醤油・ごま油・にんにくなどで和えた韓国の定番おかず)、韓国風冷ややっこ、キムチ盛り合わせ、トッポギ(細長い餅を甘辛いコチュジャンベースのソースで煮込んだ物)、にらチジミ、カボチャチジミ(チジミは小麦粉・水・卵などを混ぜた生地に、ネギ・ニラ・玉ねぎ・海鮮などを加えて焼く料理)いちいち解説は要らん、そんなん知ってるという声が聞こえてくる?、そしてメインの焼肉をビール、マッコリで頂きました。兎に角辛い、ホンマに辛い、1時間も経つと肉ももう結構、やっぱり年には勝てません、1時間半が限界、次の居酒屋へ。そこはお客さんで一杯、女将さんが一人で切り盛りされており、何とか4名、席に着くことが出来ました。まずは日本酒、燗酒で乾杯、付け出し(これが美味しくボリュームがあった)だけで1時間、忙しすぎて注文する隙もなし、酒だけ6合ほど飲んですぐできそうな漬物を注文、実は食べ物はこれで十分、みんなでやっぱり日本酒がええなーとお猪口で注ぎつ注がれつ、話が盛り上がりバスの時間も近づき家路に着きました。今日の反省、家族で行くのは焼肉屋、友と飲むのは居酒屋やと言うことになりました。次の飲み会はちょっと遠征です。出雲大社参拝し、米子でサバしゃぶということになりました。今日はお参りで参加できなかったお寺の住職の五名で出雲へGO。

酒・料理 相手変わると 場所変わる  

刺激ある 料理はたまに ええもんや

韓国家庭料理キムチ一口メモ:韓国料理に唐辛子や発酵食品が多い理由は、①気候に合わせた保存の知恵②歴史的に育まれた発酵文化③唐辛子がもたらした衛生・保存効果が重なって発展しました。韓国は冬が長く、昔は野菜が手に入りにくく、そのため野菜を塩漬け・発酵させて保存食としました。キムチはまさに冬を越すための保存食として誕生しました。16~17世紀に唐辛子が伝わり急速に普及し、唐辛子は抗菌作用があり、キムチは現在のように赤く辛いスタイルに進化したようです。キムチはほぼ毎日食べる国民食、韓国の食卓の中心であり、アイデンティティの一部なんですね。

焼肉                   ナムル

 

キムチ                  トッポギ

 

チジミ

 

よみがえる古代の滝 PART2

2026年04月09日

PART1から少し時間が空きましたが、鼓が滝の近くにある公園の西行法師の歌碑を見て、どういう思いで詠まれたのかを考えてみました。浅はかな私の解釈よりAIはどのように解釈するのかを調べました。「音に聞く 鼓が滝を うち見れば 川辺に咲きし 白百合の花」見事な和歌です。その解釈は、鼓が滝の鼓に掛けて(音「響き」を聞く)鼓のように響く滝を期待していた音ではなくて、目に入ったのは「白百合」この歌の核心はここにあるそうで、滝の豪快な音を聞きに来たはずなのに実際に心を奪ったのは、静かに咲く白百合、この対比がとても西行らしいそうです。白百合は古来、清浄、儚さ、ひそやかな美を象徴する花、「静の美」が「動の美」を超えて心に迫る瞬間を表わしているとも読める素晴らしい句ですね。一見して素朴な自然詠(自然の風景「山・川・花・鳥・風・月など」を主題として詠んだ和歌のこと)のようでありながら、実はとても象徴的で、読み手の感性によって多層的に味わえる作品であるとAIは言っています。納得・納得。それでは西行法師に負けずに一句。

今昔の 橋に佇み 見下ろせば 遠くにひびく 能勢電の音

(鉄橋を電車が渡るガタンゴトンという音)

 

 

花まつり PART2

2026年04月06日

講話は昨年同様川西警察署の担当官から「特殊詐欺について」説明を受けました。ほぼ70歳以上の高齢者が多数参列されていますので、皆さん熱心にお聞きでした。休憩10分を挟んで、いよいよネルケ無方老師による「遠路はるばる日本へ~青い目が見た仏教」というテーマで法話が、始まりました。「禅」に出会われた経緯を自分自身の幼少からのエピソードを交えて、面白おかしくお話されました。小さい頃から「なんで、どうして」と納得できないことをとことん聞くような子供で周りから変わっていると言われていたそうです。7歳の時にお母さんを病気で亡くされました。お母さんのお父さんがキリスト教のプロテスタントの牧師をされていたこともあり、神はお母さんをどうして救ってくれないのか、生きる意味は?と自問自答の日々だったそうです。家庭環境もあり、14歳で堅信(自分の意志で信仰を受け入れ、成人として教会の一員になることを確認する重要な儀式)を受けられたそうですが、生きる理由がまだ分からない時に座禅を紹介されたそうです。最初は怪しい宗教かと思っていたそうですが、一度禅道場に参加して、はまってしまったそうです。ここからが凡人とは違い、大学で哲学・日本語を学び京都大学へ留学して、そしてドイツへ帰り、道元禅師に関する修士論文を書き上げ、再度日本へ来日して、今の兵庫県新温泉町の山奥にある「安泰寺」で禅の修行を積み、自給自足生活、25歳で出家、禅の修行に励みます。2002年師匠の急逝により安泰寺の堂頭(住職)になられ、この間に日本人の奥さんとご結婚、3人のお子様もおられます。2020年に中村恵光氏に堂頭を譲り、大阪に住居を構え、今は大阪を拠点に、「座禅指導・講演活動・執筆活動」を精力的に続けておられます。曹洞宗における「典座教訓」に説かれた三心(喜心・老心・大心)自給自足生活で台所を預かり、経験した方が座禅とともに得られた奥義なんですね。感銘しました。 私には絶対無理、説法をお聞きして、少しでも感じることが出来て大変良かったと思います。ありがとうございました。

座禅組む 煩悩渦巻く 今の俺

只管打坐 辿り着けない この境地

ネルケ無方老師一口メモ:本名は、ドイツ語でJens Olaf Christian Nölke(イェンス・オラフ・クリスティアン・ネルケ)そのまま法名の一部として使っておられ、またドイツ語でネルケは、花の名前カーネーションという意味もあるそうです。そして無方とは、「特定の立場や方向に固執せず、自由自在に生きる心」を持ちたいという思いで名付けられたとか?

(川西警察署 特殊詐欺の講話)

 

メルケ無方老師の動画3題

花まつり PART1

2026年04月03日

お釈迦様の誕生日は、日本では4月8日です。国や仏教の教えの違いによって日時は変わります。ちなみにインドではお釈迦様の誕生日は「ブッタ・プールニマ」として祝われ、5月頃の満月の日に行われるそうです。猪名川町仏教会・総代会が主催して、仏教会会長が住職をされている曹洞宗景福寺(この寺には、テレビで取り上げられた秘宝があります。また後日に)、昨年と同じ日4月2日、式次第の通り執り行われました。花まつりは、キリスト教のクリスマスと一緒ですが、あまり一般には広まっていませんね。キリスト教徒でもない我々がキリストの誕生を祝ってお祭り騒ぎ、ホンマ不思議です。参列者全員で、御焼香をして、お釈迦様の仏像に甘茶をおかけするのが花まつりです。お釈迦様が誕生した時に、天から「甘露(かんろ)」という甘い雨が降り注いだという伝承があり、この「甘露の雨」を象徴して、甘茶をお釈迦様の像に灌ぐ(そそぐ)という形で再現しています。今日は天気も良く、昨年は咲いていなかった桜も見事に花開き、まさに花まつりに相応しい日になりました。青い目の禅僧「ネルケ無方老師」の法話については,PART2でお伝えします。すごい方ですね。

風誘う 桜ほころぶ 花まつり

甘茶かけ お釈迦様への おもてなし

アジサイの 甘茶は甘い? 名は甘茶

甘茶一口メモ:甘茶はアジサイの一種の葉から作られ、自然の甘みがあり、その甘さは、砂糖の200倍と言われている。甘茶を作る植物はそのままの名前(甘茶)です。

 

今年の山門への参道(桜咲く)   昨年の山門への参道(桜まだ咲かず)

 

景福寺 本堂(ここに秘宝が)

花まつり(お釈迦様に甘茶をかける)(天上天下唯我独尊「右手で天を、左手で地を指し示されている」)

 

メルケ無方老師(法話説法者・法話が始まる前)

雨の中 屋外焼き鳥(令和8年3月31日)

2026年03月31日

今日は3月の最終日です。今回もブログ製作者の孫娘のなっちゃんが担当します。駄作かもですが、どうか温かい目で見守ってください。今日の昼ごはんは庭で焼き鳥をしました。と、なるはずでしたが、天候の悪化によって、ガレージですることになりました。雨だということもあり、ちょっと寒かったんですが、焼き鳥などを食べていたら温まってきました。私はおばあちゃんに肉じゃがを食べたい!と無理を言って作ってもらいました。焼き鳥と一緒に食べたんですが、どちらもほんっとに美味しくて飛ぶかと思いました。そしてこの時期なので、桜も咲いていて、ミニお花見みたいにもなりました。普通にきれいでしたね。その後、雨はやんで、弟は外で遊んでいました。雨でしたが、楽しい焼き鳥になってよかったです。また時間があったらブログ書きに来ますのでよろしくお願いします。

(洒落も入れて見たそうです)

春雨に 桜見ながら 焼き鳥を

肉じゃがも 大好物だ 美味しいなー

三月は 桜も咲いた 美しい

 

 

山空海温泉へ

2026年03月29日

知り合いが能勢町に秘湯の温泉があると言っていたので、火曜日に行ってきました。凡そ17km30分で現地到着、駐車場に着くと車が一台も止まっていない、よく見ると、24日・25日休みます、がっくりも現場確認にいきました。川沿いを歩くこと2分で到着、簡素な平屋の建物と横にはプレハブの湯治用宿舎4室?浴場内不明、今度の土曜日に行ってきます。周辺撮影して、能勢は浄瑠璃が有名なので役場の横の浄るりシアター見学、残念、ここも火曜日定休日、折角ここまで来たんやから、以前日帰り入浴で来たことのある能勢温泉に行くも、ここも定休日、火曜日は基本定休日か、能勢温泉の近くにある(「たまごや丹州路」美味しいと評判)で10個入り500円で購入し、帰り道に「くるす」というこんな食堂で鴨めし大盛・きつねうどん定食950円を食べて帰ってきました。どうしても山空海温泉に入りたくて土曜日に再度行ってきました。事前のネット情報では硫黄漂う大阪では貴重な源泉かけ流しの温泉、源泉温度は低いため、加温されているも消毒無し、加水無しの源泉かけ流しで温泉は飲めるとの事、1992年に誕生、掘り当てた鍼灸院のオーナーの患者専用の湯治やリハビリを行う場所でしたが、その後設備を整え、一般の方も入浴できるようになったそうです。泉質名は、透明な「炭酸水素ナトリウム泉」で硫黄臭がしました。命名は、地球には山、空、海があり、その恩恵を受けて生まれたのが温泉、それで山空海温泉(さんくうかいおんせん)と名付けられたそうです。10時15分に到着、5番目でした。全員が浴場から出られるのに30分ほど待って、みんなが居なくなったのを確認して、写真をパチリ、浴場内の写真をゲットして私も出ました。硫黄臭漂う「ディス イズ 温泉」ゆっくり入浴し、体ホカホカ、心ホカホカ、久しぶりに温泉を楽しむことができました。

ついてない 行くとこどこも 休館日

驚いた こんなところに 秘境の湯

硫黄臭 これぞ温泉 ベリーグッド

(火曜日撮影)山空海温泉(臨時休業) 駐車場から温泉施設までの川沿いの道
 

浴場の建物(手前が男湯・奥が女湯)                     遠くに見えるプレハブ棟
 
 (土曜日撮影) 浴場内(左の浴槽・40度~43度・右の浴槽32度~36度と書いてあります)

 

浄るりシアター(定休日)           浄るりシアターの横にある能勢の消防は豊中市消防局がサポート
 
 能勢温泉(定休日)
  
たまごや 丹州路(葉酸たまご)

 

葉酸たまご一口メモ:通常の卵より「葉酸(ビタミンB群の一種)」の含有量を高めた卵で、葉酸は胎児の発育に重要で妊活・妊娠中の栄養補給として注目されている。

食堂(くるす)地名・能勢町栗栖

 

頼んだ鴨めし大盛&きつねうどん定食 950円

 

勝尾寺へ

2026年03月26日

知人が、豊中市立病院へ本日入院のため、車で病院まで送っていきました。入院手続きなど2時間の余裕があるので、雨の中を箕面の勝尾寺まで病気平癒、病気に勝つことを祈願してきました。勝尾寺は、ご本尊様は、十一面千手観世音菩薩、ちょうど今から24年前の平成14年3月に西国三十三か所観音霊場巡りを始めるきっかけとなった第23番目の札所、ここから15年かけて札所巡りを満願した記念すべき場所です。その当時とは、大きく様変わりしておりました。兎に角、雨にもかかわらず参拝客が多い、しかもほとんどが外国人、駐車場も車が一杯、後でホームページを確認すると、土日祝日は、ネットで駐車場の事前予約が必須、よほど多くの人が訪れるんでしょうね。見事にダルマで参拝者、特に外国人の心を掴んだんでしょう、箕面大滝と見事なコラボ、それにお猿さんもいるし、箕面の三大名物となってる?とAIが言ってました。

勝尾寺一口メモ:元は弥勒寺、平安時代に清和天皇の病気平癒祈願が成就したことから「勝王寺」の名を賜るも、畏れ多いとして「勝尾寺」に改名しました。呼び名はそのまま「かつおうじ」と称するそうです。

今昔の ダルマもびっくり 大繁盛      

勝ちダルマ 自分で道は 拓くもの

平成14年当時の本堂と山門(人少な)

 

令和8年の本堂と山門(こんなに人が)

 

買ったお守り3体     参拝通路の最後に土産物売り場あり。(人一杯)

 

平成14年のダルマ     令和8年のダルマ

 

 

よみがえる古代の滝 PART1

2026年03月23日

猪名川町の郷土史講座を受講してきました。猪名川広報で「よみがえる古代の滝~鼓ヶ滝からの考察~」というテーマの案内があり、早速ネットから申し込みました。鼓ヶ滝という言葉に反応してしまいました。実は昭和54年頃この近くに住んでいました。その当時は特に滝という意味も考えたことはありませんでしたが、確かにこの周辺には滝はありませんでした。当日開演直前に行くと定員の30名をはるかに超える方々が来場されておられました。私もですが、皆さん暇なんですね。イヤイヤ失礼しました。勉強熱心なんですね。内容は、鼓ヶ滝は滝がないのになぜ滝というのかを考察されておりました。猪名川を横断する能勢電車と少し上流の銀橋の間を鼓が滝というそうで、巨岩の間を流れる急流を古代は、滝と云ったそうで、奈良の吉野の宮滝や大滝、兵庫の丹波にも上滝・下滝と川の巨岩の間の急流を滝と称し、古代人には落差のない岩場の急流の景観の方が好まれていたようです。平安中期以降宇多・花山法王の熊野詣での影響から那智の滝が知られるようになり、落下型の滝が注目され出して現在に至っているそうです。この場所が鼓ヶ滝の滝が付く理由が判明しました。まあ、どうでもよいような気がしますが、勉強になったような気もします。確認のために鼓ヶ滝に行ってきました。近くの下滝公園にあの有名な西行法師の歌碑がありました。そこには次のような和歌が記されておりました。 

「音に聞く 鼓が滝を うち見れば 川辺に咲きし 白百合の花」

名句ですね。鼓が滝のさらに上流、一庫ダムのある知明湖の上流に湖底に沈むまでは巨岩に囲まれた急流があったそうで、見に行ってきました。鼓が滝もそうですが、面影は一切ありませんでした。この場所は、名勝「龍化滝(龍化峡)」と言われ多くの人たちが訪れていた場所も滝なんですね。

西行法師一口メモ:平安末期にお生まれになり鎌倉初期の僧侶・歌人です。元は北面の武士というエリート武官でしたが、突然23歳で出家され、諸国を旅しながら歌を詠んだ人物だそうです。

久しぶり 講座に参加 首ガックン  

そういえば 近くの駅も 滝山や

講座案内と今の鼓が滝

 

落差のあるもっとも有名な那智の滝(落差133mの日本一の滝)

 

鼓が滝近くの公園にある西行法師の歌碑

一庫ダムと知明湖

 

一庫ダムの知明湖に沈んだ龍化滝周辺(半分以上水に沈んだトンネルは龍化隧道)