衆議院 解散

2026年01月22日

1月19日午後6時から高市総理は、「解散表明会見」を行われました。衆院選27日公示、2月8日投開票です。総理は「高市早苗が内閣総理大臣でよいのか、国民の皆様に決めて頂くしかない」と述べられ、自身の進退をかけた決断であると強調されました。会見の内容を「首相官邸ホームページ」でもう一度読み直しました。現在の自民党の衆議院議員の数は、199名、連立を組む日本維新の会の衆議院議員の数は、34名で合計233名と定数465名のちょうど過半数にあたります。今の高市内閣支持率は、JNNは78.1%、読売新聞は73%、朝日新聞は68%、などバラツキはありますが、高い支持率です。自民党自身は、衆参両院とも過半数に満たない少数与党です。この高い支持率を背景にして、単独での過半数を取って、高市早苗内閣が国民からの信任を得て、日本維新の会との連立で、優位に立つことで政策の実現を図っていきたいと考えておられると思います。二つの柱を中心に色んな政策を掲げておられます。すでに7年度の補正予算で物価高対策として1世帯当たり標準的には8万円を超える支援額となるようです。消費税についても、軽減税率が適用されている飲食料品については、2年間に限り消費税の対象としないこと。昨年10月20日に自民党と日本維新の会の連立政権合意書に書かれた政策で、高市総理の悲願だったそうで、今後設置される「国民会議」において、財源やスケジュールの在り方など、実現に向けた検討を加速されるそうです。また、私自身医療、介護に携わってきた者として、命を守る医療機関の多くが赤字で、介護事業者の倒産件数は過去最高、赤字の医療機関・介護事業者を4月の報酬改定を待たずに前倒しで「医療・介護等支援パッケージ」を補正予算に盛り込み、賃上げ支援も実施されるようです。もう一つ、安全保障について、台湾有事の発言で、中国との軋轢が経済にも影響していますが、民主主義国家として今までの総理大臣とは違う明確な発言をされています。「自らの国を、自らの手で守る。その覚悟のない国を、誰も助けてくれません。日米同盟を軸に周辺の民主主義国家と連携を強化してまいります」と言われ、外交活動を積極的に行われています。このように憲政史上初の女性首相として、経済通の高市首相が「働いて、働いて、働いて、働いて、働いて」まいりますと言われるように「責任ある積極財政」の下での「強い経済」の実現のために今回の選挙を「自分たちで未来をつくる選挙」と名付けられました。

今度の衆議院選挙は、これからの日本が進む道を左右する重要な選挙です。我々は、各党の選挙公約をしっかり確認して、貴重なそして大事な一票を日本のために働いてくれる方に入れなければなりませんね。

 

 

初観音

2026年01月19日

毎年1月18日ですが、今回は17日に松山寺で初観音の法要が行われました。例年通り、祈願文に家族の名前を書き、仏様の前で願い事を御祈祷して頂き、おみくじを引きます。今回は、同じ宗派の同級生を誘い、一緒にくじ棒を引き、おみくじを頂戴しました。私は、昨年は「大吉」でした。無事に一年を過ごすことが出来ました。感謝。今年は「吉」でした。友も「吉」お互いに孫の健やかな成長を祈願しておりました。寺の裏手に立派な観世音菩薩像があり、帰りにお参りして家路に着きました。  南無釈迦牟尼仏、南無観世音菩薩。

観音信仰一口メモ:観音様は「観世音菩薩」とも呼ばれ、「世の音(人々の苦しむ声)」を観じて救うという意味、人を救うために、観音様は三十三の姿に変化するとされていて、それを表わしたのが「三十三観音」や「西国三十三か所巡礼」です。この他、番外札所が三カ寺、三十三か所満願のお礼参りとして番外霊場の五カ寺がある。ちなみに西国三十三か所巡りは、日本最古の巡礼の一つで、三十三か所の観音菩薩を本尊とする三十三か所の札所を巡る旅で奈良時代に始まったそうです。

信心は 心に宿る 御光明

先祖から 続く信心 いつまでも

西国の 三十三寺 巡ったなー

番外も 全部合わせて 四十一

松山寺 観音像

友と引いたおみくじ・散華と住職様の奥様のおもてなし

西国三十三か所巡りをした時の掛け軸と三十三カ寺の散華

 

西国三十三か所巡り第23番札所 勝尾寺のダルマ

住職様のお念仏

 

 

阪神・淡路大震災から31年

2026年01月17日

午前5時46分、ブログ更新しました。大震災からもう31年も経ちました。今年1月6日午前10時18分頃、鳥取県と島根県で、震源地島根県東部、最大震度5強、マグニチュード6.4、震源の深さ11kmを観測する地震がありました。被害の状況は、けが12人、土砂崩れや落石など断水で給水車も出動したとの事、阪神淡路大震災では、死者6、432名。負傷者43、792名、家屋の全壊67、421棟、半壊55,145棟と甚大な被害が発生しました。関西圏でこれから起こるであろう南海トラフ地震に関して、政府の地震調査委員会は今後30年以内に発生する確率を60%~90%程度以上と発表しています。過去に1944年、1946年にも南海トラフ地震が発生してもう80年も経っています。被害予想は、国難級の死者数29.8万人、全壊焼失家屋235万棟、避難者数1,230万人、経済的被害は何と292兆円と予想されています。地震は起こるものと考えて、日頃から命を守ることを第一として、防災意識をもって、その時に備えなければなりませんね。

南海トラフ地震一口メモ:南海トラフは、過去およそ100年から150年おきに大規模な地震が繰り返し発生しています。直近では、1944年の昭和東南海地震、1946年に昭和南海地震が起こり大きな被害をもたらしました。

いつ起こる いつでも起こる まず命

守るには 日頃の防災 意識せよ

災害時 できる範囲の 助け合い

募金など 色んな手段 助け合い

神戸港に残る阪神淡路大震災の遺構

南海トラフ地震の警戒マップ

霊峰富士山のすべてPART2

2026年01月13日

富士登山登頂には4つのルートがあります。静岡県に富士宮ルート(初心者が登りやすい)、御殿場ルート(上級者向け)、須走ルート(楽しみやすい)、山梨県に吉田ルートがあり、今回は岡田准一さんが吉田ルートを登られました。途中で須走ルートと合流するそうです。登頂される前日に北口本宮冨士浅間神社に取材のためにお参りされた時にご神木に雷が落ちて、見事にカメラに撮影されておりました。登山開始、吉田ルートのみにゲートが設置されており、入山制限、一日に4000人、入山料4000円だそうです。年間20万人の内このルートは12万人が登るそうです。凡そ山頂まで6時間をかけて登っていきます。ご来光を見るために8合目の蓬莱館に宿泊、そして見事に晴れ渡った雲海からご来光を拝むことが出来ました。自然と両手を合わしておられる人、岡田さんはなぜみんなが富士山に魅せられるのかを語っておられます。昔から今も続く富士山を神と崇めて、富士講一行が全国から講を代表して、他の講人やその家族の健康や幸せのために山頂に登られ、一般の方々もその場でご来光を拝むことで、自然と誰かのために富士山に登る、誰かのために生きる尊さを教えてくれると締めくくっておられます。やっぱり富士山はいいですねー。

静岡の 友と登ると 言ってたな

その事が 登るきっかけ 無くしたな

今になり もう無理かもね 登るのは

友五人 内三人が もうあっち

富士登山4ルート

山頂から見る御来光

 

お守りさんのお焚き上げ

2026年01月10日

昨年に色んな神社仏閣にお参りして、ゲットしたお守りを整理しました。1月10日に我が氏神様である天満神社で「とんど」で「お焚き上げ(おたきあげ)」をしました。「とんど」「お焚き上げ」とあまり聞かない言葉ですが、次のような意味があります。「とんど」とか「どんど焼き」「左義長(さぎちょう)」とも言われおり、お正月にやってこられるその年の豊作や健康、幸せをもたらす歳神様(としがみさま)を門松やしめ縄、鏡餅でお迎えして、1月15日前後に門松やしめ縄、書初めや昨年頂いたお守りさんを「お焚け上げ」をして、感謝とともにお見送りをし、その火で餅を焼いて食べるとその年は健康で幸せに過ごせると、小さい頃は家で搗いたお餅を焼いていましたが、最近はしていませんでした。久しぶりに竹の棒に刺したお餅(スーパーで買ってきたビニールで包装された丸餅)を焼いて、その場で砂糖醤油を付けて食べました。ただ神社の行事もどんどん簡素化してきて、氏子も減ってきております。きっと次の代には、色んな行事が無くなっているんやろなー。

お守りさん 感謝を込めて お焚き上げ

どんど焼き お餅を炙り 健康に

令和6年に集めたお守り   令和7年に集めたお守り

 

竹の先にお餅を付けてドラム缶にたき木を入れて燃やします。数年前は太い木を組んで

とんどをしていましたが、高齢化で木を切る作業が出来なくなりました

 

火を囲み皆で砂糖醤油を付けて少しずつ

頂きました。みんなが健康に過ごせますように

 

 

霊峰富士山のすべてPART1

2026年01月09日

1月2日にテレビ朝日の2026年新春開運スペシャル「霊峰富士山のすべて」が放映されていました。見られた方も多くおられると思いますが、飲みすぎて眠ってしまったので、「Tver」でじっくりと観ることが出来ました。それを2回に渡ってブログにまとめてみました。PART1は葛飾北斎,PART2では岡田准一さんの富士登山を配信したいと思います。まずは葛飾北斎、やはり「富嶽三十六景」です。前回でも曲亭馬琴と葛飾北斎で書きましたが、北斎は、浮世絵、読本の挿絵を描いていましたが、70代から富士山を描くようになりました。富士山は世界文化遺産に登録されたのは、信仰の対象であり、芸術の源泉であることが理由で、ゴッホを始め世界の芸術家を魅了しました。「富嶽三十六景」は江戸時代に発行されて大きな人気を博し、さらに10枚出されたそうで「富嶽四十六景」が正しいそうです。その中でも有名な赤富士と黒富士について解説されていました。赤富士は,天候の良い時に朝日があたって見えるそうですが、イワシ雲が出ているような天気では見られない、また黒富士は、今まで見られたことがない、北斎が想像力で富士山を描いたということですね。富嶽三十六景の特徴は、「高台と富士」そして「水(川・湖・海)と富士」をテーマにしているそうで、八十代で「富嶽百景」に挑み、最後の作品が富士山から龍が登っていく姿を描いています(ただ、最近の研究でこれは娘の葛飾応為が代わりに描いたのではとも言われている?)。北斎はこのように言っておられます。「八十代にしてますます進み、九十才にしてその奥義を極める」すごいですね。そんな境地に私もなりたい。墨田区にある「すみだ北斎美術館」に今度行ってきます。

北斎は 墨田で生まれ 墨田で逝く

絵を描く それ一筋に 九十年

ゴッホにも 影響与えた 色々と

「北斎の作品からゴッホは構図、動きの表現、色彩の三つの側面で大きな影響を受けました」

「実際の赤富士」

  

「葛飾北斎最後の作品??

 

 

七草粥

2026年01月07日

今日は、人日(じんじつ)の節句です。正月明けの7日、七草粥を食べ、邪気を払い、一年の無病息災を願う日です。五節句の最初の節句で松の内(正月を祝う期間)が開ける7日に七草粥を食べる「七草の節句」とも言われています。五節句は、一年に5回設けられた特別な行事の日で、平安時代から今に続いています。節句は、中国から伝わりましたが、日本独自の文化と融合して「五節句」として根づきました。1月7日が人日の節句/七草の節句、3月3日が上巳(じょうし)の節句/桃の節句、5月5日が端午(たんご)の節句/菖蒲の節句、7月7日が七夕(しちせき)の節句/笹竹の節句、9月9日が重陽(ちょうよう)の節句/菊の節句「五節句の内で一番影が薄い節句ですが、昔は五節句の最後を締めくくる節句として盛大に行われる行事でした」。さあ、飲みすぎ食べ過ぎで、胃腸も弱っているので、今から七草粥を頂きます。  「ブログ、一年前と一緒やん(ネタ切れです。お許しを)」

スーパーで こんな形で 売られてる

せり・なずな ごぎょう・はこべら ほとけのざ

すずな入れ 最後のひとつ すずしろや

(これも前回のパクリやん・ほっといて)

 

 

修正会

2026年01月05日

お正月のお話です。予定より早く松山寺の年始の挨拶を済ませて、先に氏神様の天満神社へ初詣に行きました。他にも6名ほどお参りされておりました。そこから成仏寺で修正会の法要に参加しました。現住職様(今年息子である副住職に住職を譲る予定、これを晋山式という、お寺にとっては大変重要な儀式)が、法要後のお説教で次のように言われました。僧侶になって49年が経ちました。初めての枕経(人が亡くなられた直後に僧侶が枕元で唱えるお経)は、私の祖母(ヒサノ)が初めてでどう唱えたらよいかわからず困ったことを思い出すと仰った。そうだ、今年が祖母の50回忌、このお説教で生前の祖母とのやり取りを思い出す。祖母は、県道沿いで煙草屋兼駄菓子屋を営んでいた。小学校から帰ると一目散に祖母の駄菓子屋に直行、確かにお菓子には不自由しなかったことを思い出す。(それで、虫歯だらけになりました)負の遺産は、早くにタバコの味を覚えてしまったことか?六十数年前のことが蘇ってくる。まさに一期一会(ちょっと違うか?)元旦に祖母の面影を思い出すことができた。実に有難いお説教でした。元旦に仏様の前で、修行もできましたが。

今頃に 祖母の面影 蘇る

お説教 こんな縁から 思い出す

天満神社 初詣の風景 本殿

 

一段下の小宮

 

成仏寺へ向かう石段

修正会の動画

 

ダオちゃんとの新年の挨拶

2026年01月03日

弊社のデイサービス部門にベトナムから介護福祉士の資格を取り、入職された「ブイ・アン・ダオさん」3年近く勤務されて、スキルアップのためにアメリカ・テキサスで経理の勉強をして、今年就職をしようとされています。テキサスに行って、働きながら勉強をして弊社が立て替えていた奨学金を全額完済されました。すごい頑張り屋です。お正月にやり取りしたラインがこれです。頑張れダオちゃん。

ベトナムから 日本に渡って アメリカへ

ダオちゃんと ラインが取り持つ お付き合い

いつまでも どこまでも夢 追いかけて

ダオちゃんが 夢を実現 待ってます

 

 

 

 

 

年末年始のお勤め

2026年01月01日

毎年、年末年始に行わなれる行事がある。信徒寺である松山寺に大晦日十一時三十分から1時間かけてお寺にある梵鐘を百八つ突く除夜の鐘、最近は役員だけでなく、一般の方も突きに来られるようになった。鐘を突くようになって、新年をお迎えする思いが強くなってきた。百八つ突き終わり午前一時に解散、4時間ほど睡眠をとり、今このブログを書いている。朝7時30分より皆で新年の挨拶をして、御雑煮を食べ、おせち料理を頂いて、9時にもう一度松山寺の住職様に年始の挨拶をして、続いて檀家寺である成仏寺へ、檀徒全員参列の元「修正会(しゅしょうえ)」(お正月に修行する法会)を行い、終了後お寺様よりおせちとお酒を頂きに行く、今年一年を元気で幸せに過ごせるように祈願して談笑する集まりである。最後に地元の氏神様である「天満神社」へ初詣、私も毎年いつも三つの願い事をする毎年恒例の行事、こうして毎年一年がスタートする。皆さんがこの一年健康で、明るく、楽しく過ごせますように。

謹賀新年 今年も つたないブログですが 飽きずに お付き合いのほど お願いいたします

 

巳年去り 次は午年 天駆ける

毎年に 目標立てるも 叶わない

叶わずも  目標立てる これ大事

目標は 夢につながる 一里塚

「暗くって、すみません」

 

住職様の新年の法要

成仏寺の新年の案内(けんぶつ)