年末年始のお勤め

2026年01月01日

毎年、年末年始に行わなれる行事がある。信徒寺である松山寺に大晦日十一時三十分から1時間かけてお寺にある梵鐘を百八つ突く除夜の鐘、最近は役員だけでなく、一般の方も突きに来られるようになった。鐘を突くようになって、新年をお迎えする思いが強くなってきた。百八つ突き終わり午前一時に解散、4時間ほど睡眠をとり、今このブログを書いている。朝7時30分より皆で新年の挨拶をして、御雑煮を食べ、おせち料理を頂いて、9時にもう一度松山寺の住職様に年始の挨拶をして、続いて檀家寺である成仏寺へ、檀徒全員参列の元「修正会(しゅしょうえ)」(お正月に修行する法会)を行い、終了後お寺様よりおせちとお酒を頂きに行く、今年一年を元気で幸せに過ごせるように祈願して談笑する集まりである。最後に地元の氏神様である「天満神社」へ初詣、私も毎年いつも三つの願い事をする毎年恒例の行事、こうして毎年一年がスタートする。皆さんがこの一年健康で、明るく、楽しく過ごせますように。

謹賀新年 今年も つたないブログですが 飽きずに お付き合いのほど お願いいたします

 

巳年去り 次は午年 天駆ける

毎年に 目標立てるも 叶わない

叶わずも  目標立てる これ大事

目標は 夢につながる 一里塚

「暗くって、すみません」

 

住職様の新年の法要

成仏寺の新年の案内(けんぶつ)

 

 

孫の守り

2025年12月30日

娘に頼まれて、孫の守りに行きました。上の女の子は10歳、下の男の子は6歳、下の子が生まれて4か月の時に、旦那が急遽北海道の釧路へ転勤になり、関西に帰ってくる2年間を猪名川町で一緒に過ごしました。孫娘は、浦安の幼稚園から猪名川の幼稚園に移り、環境の変化に慣れるか心配していましたが、楽しく2年間を過ごして、池田市の小学校に入り早4年、来年は5年生、下の孫息子は、ピカピカの一年生になります。猪名川に来るのが楽しみなようで、このお正月は、家族全員11名が揃いますのでにぎやかなお正月になりそうです。外で遊ぶのは寒いので、家の中で遊ぼうと居間の片隅にちょっと前まで飾ってあったミニカーが箱の中に一杯入っていました。それでは、スポーツカー・パトカー・消防車/救急車・軍用車を集めようと孫と競争していると、じじの方が、夢中になっていました。その内のかなりのミニカーを買って渡していたなーと懐かしく思いながら揃い集めたのがこれです。ちょっとの間、童心にかえることが出来ました。

これ欲しい ハイハイ云って 与えてた

その結果 時が過ぎると 籠の中

カッコいい 乗ってみたいな フェラーリに

無理や無理 免許返納 もうそこや

かご一杯のミニカー    スポーツカー

 

パトカー         消防車&救急車

 

軍用車など

認知症とボケについて

2025年12月29日

認知症と高齢の話が続いたので、ボケについて調べてみました。認知症の意味でのボケは、もっと古くから使われていて、江戸時代の文献にも「惚ける(ぼける)」という言葉が登場するようになりました。この場合のボケは年を取って物忘れがひどくなる様子を表現していて、今では認知症という言葉が一般的になっています。昭和以降、特に高齢者の認知機能の低下を指す表現として「ボケ老人」という言い方が使われるようになり、「ぼけ」「老人ボケ」「痴呆」「痴呆症」などと言われており、当時の平均寿命は男性69歳、女性は74歳でしたが、今は男性81歳、女性87歳と男女とも10歳以上平均寿命が延びており、この表現が差別的要素があるとして、平成16年、痴呆症から認知症へと用語が変更になりました。認知症には次のような種類があります。認知症の内半数以上がアルツハイマー型認知症、後は脳血管症認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、混合型認知症以上5つに分類されています。認知症は「記憶の病気」と思われがちですが、実は感情や行動、身体の動きにも影響を与えることがあります。だからこそ、早めに気付いて、周囲と協力しながら支えていくことがとても大切なんですね。

白寿なり ようやく免許 返納す

卒寿から 同じ話を 聴くように

百超えも まだまだならん 認知症

(家内のお父さん、来年100歳、心も体も元気一杯です)

 

「認知症の分類」

曲亭馬琴と葛飾北斎

2025年12月26日

2024年上映の「八犬伝」という映画を見た。「この映画の原作者は、兵庫県養父郡出身の山田風太郎さん1978年に発表され、作者は、医師免許を持っておられますが、医師には向かないと、作家になられたそうです。」「南総里見八犬伝」という曲亭(滝沢)馬琴の読本、28年もかけて書き上げた戯作で馬琴の代表作である「椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)」で葛飾北斎が挿絵を担当しており、馬琴と北斎の交流を描いた「実の世界」と宿縁に導かれた八人の犬士が悪や妖異と戦いを繰り広げる「南総里見八犬伝」の「虚の世界」を同時進行で映画化した作品、映画自体は、馬琴を役所広司さん、北斎を内野聖陽さんが好演されており、大変面白い映画ではあったが、馬琴と北斎に興味を持ち色々と調べてみた。どちらも江戸時代後期に活躍し、馬琴は1848年嘉永元年に81歳で亡くなり、北斎は1849年嘉永2年に88歳で亡くなっており、どちらも江戸時代では大変長生きをされ、たくさんの名作を世に残されている。二人の性格は正反対、北斎は自由奔放、生活は質素で身なりを気にせず、生涯に何十回も引っ越しをし、死ぬまで筆を持ち続けたのは有名な話、一方馬琴はとても几帳面でまじめな性格、一つの作品を30年かけて書き上げたように、計画的で粘り強く作品に対して非常に厳格だったとの事、このように対照的なお二人が、絵と文章で共作もしていたのに性格の違いから衝突もよくあったそうだが、単なる仕事仲間というよりも、互いの才能を認め合う同志のようなものやったんかなー? 改めて江戸の文化がどれだけゆたかだったかを感じさせてくれました。

北斎の 絵からあふれる 情熱を

情熱を 時代が変われど 感じてる

来年の ライン待ち受け これにしよ

葛飾北斎 冨嶽三十六景の浮世絵 赤富士の初日の出をモチーフにしたシンプルな2026年丑年の浮世絵

馬琴さん この発想力は どこにある?

三十年 続けて完結 八犬伝

今もなお 引き付けられる ストーリー

館山城(八犬伝博物館)         信乃(八犬士の一人)と北斎の赤富士
 
富嶽三十六景 神奈川沖浪

認知症になりやすい性格

2025年12月24日

ネットニュースでアメリカ心理学会が「認知症になりやすい性格」を調査されていた。アメリカの心理学会は、長年にわたり、高齢者の認知機能低下について研究を続けており、その結果によると、認知機能には「性格」が大きな役割を果たしていることが明らかになった。性格特性と認知症発症リスクの関連性を解明するため、約20年にわたって2000人近くのデータを収集、「ビックファイブ」で性格を分類している。「ビックファイブ」は個人の性格における5つの因子を指す。①神経症傾向②外向性③開放性④協調性⑤誠実性に分類される。その他性別・学歴・病気の既往歴も考慮、協力者の大半は女性であった。①の神経症傾向のスコアが高い人は認知症を発症する可能性が高い②の外向性が高い人は軽い症状が出始めると、早い段階で助けを求める傾向にあるので認知機能が回復しやすい③の開放性と④の協調性に関しては認知症との関連性を見出すことは出来なかったが、この二要素は健康増進につながる傾向がある⑤の誠実性の高い人(几帳面で自制力が高い)は加齢による軽度認知障害を発症しづらい、以上より全体的に見て認知機能低下の初期段階においては、性格特性が影響を及ぼすことが分かったが、この研究結果には限界がある。認知症になると人格が侵食されてしまうことから、性格特性は認知症対策にはならないと結論付けているが、この研究から得られた大きな収穫は、ストレスの多い生活を送ることは、長い目で見ると私たちが想像する以上の害をもたらすとわかったことかもしれないと締めくくっている。やはりストレスは、認知症に限らず、全ての病の根源なんですね。

(MCI:軽度認知障害「Mild Cognitive Impairment」)

財布ない 携帯どこや MCI?

ストレスは 万病のもと 認知にも

長生きを すればするほど リスク増す

 

 

178万円の壁

2025年12月22日

12月22日は冬至です。一年で夜が最も長く昼が最も短い日です。先日、高市早苗総裁と玉木雄一郎代表は「年収の壁」を178万円まで引き上げることで合意しました。また、ガソリン税の暫定税率廃止についても合意がなされました。現役を退いた者にとってはあまり関係のないような話ですが、税収が減り、社会保障などに影響することも考えられるので、調べてみました。ガソリン税の暫定税率廃止は、補助金25、1円が12月31日で終了する代わりにガソリン税25.1円が廃止されるそうです。そして「年収の壁」178万円引き上げは、給与所得控除74万円、基礎控除62万円プラス基礎控除の上乗せ42万円の合計が178万円となり、社会保険をすでにかけておられる給与所得者およそ8割は、減税効果はありますが、これにより税収減が6500億円発生し、これについては言及されていません。パートやアルバイトをしておられて扶養に入っておられる方にとっては、社会保険の加入や住民税、配偶者控除、扶養控除など103万円、106万円、130万円の壁で、これらの制度を改定しなければ、真の働き方改革はできないと改めて実感しました。

この壁で 働き方を かえれるん?

所得だけ ほかの制度も 変えなはれ

物価高 この程度では 追いつかん

どうすれば 明るく豊かな 世になるん?

 

「友の作品二題」

市町村 迷走する お米券

ばらまいた 補正予算で 円安進行

 

 

「試算方法で減税額こんなに違うんや」

 

 

広島訪問PART4

2025年12月18日

最近は、旅行先での居酒屋にはまっている。まずは食べログで内容を吟味して、口コミと点数を確認して、電話で店員さんに諸々の情報を聞いて、納得の上で予約を入れる。今回も大当たり、注文した品が速やかに出てくる、お酒の注文も1分以内で出てきた。広島名物穴子料理の穴子の薄造り、絶品でした。色んな料理を注文して、日本酒「加茂鶴」もしっかり頂いて、一人六千円、安い・旨い・早いの三拍子、1時間半美味しく頂戴して、2軒目は行かずにほろ酔い気分で、路面電車を横目に見ながら歩いて5分のホテルへ帰り、大浴場にゆっくり浸かり、明日に備えて眠りにつきました。今回の居酒屋も大正解。しばらく居酒屋巡りにはまりそう?

居酒屋を ナイスでチョイス 食べログで

居酒屋で 広島グルメ 堪能す

穴子の薄造り&生しらす&冷やしトマト  刺身3種盛&柚子風味イカの塩辛

 

燻製サーモン               しらすサラダ&あん肝ポン酢和え

 

広島焼                      このお店

 

りんごのお話

2025年12月15日

盛岡からリンゴが届きました。JA江刺のいわて純情りんご(サンふじ)です。果物があまり得意ではない私ですが、唯一リンゴは大好物です。現役の時からずっとお付き合いしている盛岡市にある昭和22年開設の遠山病院、健診事業でお付き合いが始まり、十数年が経ちます。辞めた後も続いているお付き合い、心を込めたお中元・お歳暮、私も心を込めてお品を選び送っています。時が過ぎても良い付き合いは続いています。ちょうど今まさに病院の建て替え真っ最中です。来秋竣工予定だそうです。その時はお祝いに駆けつけたいと思っております。さてお返しは何にしようかな?頭を捻って、やっぱり日本酒かな?

岩手人 兎に角酒が 強すぎる

二軒目で 後の記憶は 飛んでいる

 

五月雨を あつめて早し 北上川

(松尾芭蕉のパクリ・最上川ちゃうの?細かい事ええやん)

雨や風 雪にも負けず 賢治くん

(盛岡と言えば宮沢賢治やなー)

 

岩手県盛岡旧石井県令邸(遠山病院所有)

 

広島訪問PART3

2025年12月12日

朝9時にホテルを出発、広島駅よりJRで宮島口駅へ30分、歩いて5分フェリー乗り場より10分で厳島神社到着、フェリーから次から次へと観光客が降りてきて、入場するのに長蛇の列、ようやく日本三景の「安芸の宮島」と言われている厳島神社を参拝して、開運のお守りを受けました。明治維新後に神仏分離により厳島神社の隣に高野山真言宗の大願寺(厳島神社より移された弁財天像などがある)でも開運のお守りをゲットして紅葉谷公園を散策、紅葉は終わりかけでしたが、のんびり、ゆっくりと時間を過ごすことが出来ました。フェリーで宮島口へ戻り、JRではなくフェリー乗り場に近い広島電鉄の電車が出そうなので飛び乗りました。広島駅までなんと240円、JRは420円でしたので、何か得した気分、廿日市市から広島市内に順調に戻っているなと思うもなんとその後は路面電車に変身、原爆ドームの横を走っていました。駅数は38駅(ちなみにJRのこの間の駅数は9駅です)、1時間30分も戻るのに掛かりましたが、急ぐ旅でもないしと言ったら、同伴者に云われました。確認もせずに慌てて乗るから1時間も余分にかかってしまったやんとダメ出しを食らいました。広島駅に戻り、お昼に広島名物の穴子飯を食べ、定番のお土産「もみじ饅頭」を買って一路新大阪へ。

広島は あそこもここも 人・人・人

厳島 海に浮かぶは 大鳥居

大鳥居  社殿

 

大願寺 紅葉谷公園

 

もみじ饅頭 お昼の穴子飯

 

厳島神社&大願寺の開運お守り

広島訪問PART2

2025年12月11日

原爆ドームは、日本が起こした戦争の重たくて、非常に悲しい歴史です。原爆ドームは広電の車窓から幾度も見ていますが、ゆっくりと現地を訪れて原爆投下がもたらした大きな悲劇を改めて平和公園や資料館を見学して痛感しました。今は核を持つことが戦争の抑止力となる考えもあり、日本の周辺にも核を持っている国があります。ただ一つ間違えれば、地球や人類にとって取り返しのつかない事態となります。今なお世界中で紛争が起こっており、これで平和な日本と言えるんでしょうか?たくさんの人々が、見学にお見えでした。特に半数以上が海外から来られている観光客でした。特に広島平和記念資料館には、驚くほどの人たちが見学されており、記念館に入場するのにも30分、展示されている通路を凡そ1時間近く牛歩の見学でした。外国の皆さんも展示物や悲惨な写真を食い入るように見ておられました。改めて核爆弾がもたらす被害の大きさを実感できる機会でした。放射線に携わっていた者として、放射線の怖さは人一倍理解しているつもりです。だから核反対、そして核廃絶を望みます。

理想とは 核が無くなる この世から

現実は 互いに威嚇 抑止力?