長浜市へ行ってきました。自宅より新名神・名神・北陸道で150kmようやく到着、まずは腹ごしらえ、事前に調べていた「そば八」へ、なんとあの小泉純一郎元総理大臣も訪れたそうです。私はそば八天もり、相方は一番人気の十八文そば、大変美味しゅうございました。黒壁クスエアやよく整備された街角を探索、秀吉亡き後町民が建立した「豊国神社」参拝、こんな縁起物・瓢箪ゲット、ここから車で5分の長浜城歴史博物館に行きました。長浜城は、豊臣氏が滅亡すると、跡形もなく取り壊され、田畑として活用されていましたが、明治42年に長浜城跡を公園として整備する計画が立てられ、豊公園(ほうこうえん)が開園しました。その後昭和58年に、多額の寄付や市民の要望で城郭型の博物館が建てられ歴史博物館として開館しました。2階3階の展示場を見学、5階の望楼(展望台)より360度を眺望、悠久の歴史を感じることが出来ました。次は彦根城へ、PART2でご報告。

出世城 ここがスタート 天下取り

独裁者 どこかで狂う 進む道

(朝鮮出兵など)

豊臣と 徳川の違い どこなんや

徳川に 対抗しうる 者はなし

羽柴秀吉一口メモ:織田家の重臣、丹長秀と田勝家の一字をもらい受け、1573年羽柴秀吉と苗字を変えました。この年に姉川の戦いで浅井長政軍を滅ぼした功により、浅井家の領土や城も引き継ぎ、小谷城に本拠を構えましたが、水運の便が良い長浜に、長浜城を作り、北近江三郡12万石を領する城持ち大名に初めてなりました。10年間長浜の繁栄に寄与し、領民にも慕われていたそうです。それには秀吉の弟、小一郎秀長も大きく貢献しました。

そば好きで知られる小泉純一郎元総理も訪問
 
長浜黒壁の街並み

 

豊国神社                    縁起物の瓢箪
 
長浜城歴史博物館
  
望楼(展望台)から遠くに見える竹生島など