東日本大震災は2011年の3月11日14時46分に発生しました。「東北地方太平洋沖地震およびこれに伴う福島第一原子力発電所事故」による大規模な地震災害(震災)です。私はその時は東京八丁堀のビルの5階で会議をしておりました。国内観測史上最大のマグニチュード9.0、震度7、東京でも最大震度5強、横揺れが大きくゆっくりと揺らす「長周期地震動」が観測されました。すぐに兵庫県川西市の本社に電話すると、何かありましたかと言うような反応で、すぐテレビを付けるように言った記憶があります。首都圏では「帰宅困難者」が515万人、交通機関が全て停まり、今日帰阪する予定も不可能、泊まるホテルを探してようやく1室見つかりましたが、午後9時までチェックインできず、とりあえず6時過ぎまで会議を続けておりましたが、テレビを見ると大津波と火災も発生、大きな被害を出しており、東京営業所や札幌営業所、東北方面に出張している社員の安否を確認、仙台出張中の社員1名が、空港へ向かうのに津波が来ており、何とか空港にたどり着き、二階へ避難して九死に一生を得たそうです。午後6時に会議も終わり、東京在住の社員二名と食事ができる居酒屋を探している時に八丁堀近くの隅田川を見ていると川の水が逆流しているのが見えました。居酒屋をいくら探しても満席で探す事1時間、ようやく見つかり10時過ぎまで地震の話で終始していました。二人は歩いて帰るとのことで、ここで別れてホテルに向かいましたが、チェックインして、部屋は10階、エレベーターは止まっており階段でようやく部屋に着きました。水は止まっていませんでしたが。テレビを付けると東北の太平洋側は津波でほぼ壊滅状態、亡くなられた方も多数、翌日は二次災害の福島原発事故、あれから14年です。神戸淡路大震災から30年、次は南海トラフ地震の発生が懸念されています。災害大国日本から防災大国日本となれるように日頃から心がけたいものです。翌平成24年に仕事で盛岡を訪問、仕事が終わり、レンタカーで85km、宮古へ、津波でこんなことになっていました。ただ1軒寿司屋さんが店を開いておられ、それから盛岡へ行くたびに訪問しておりました。しばらく行ってませんが、「寿司 魚正」今も元気にお店をされています。もう一度ぜひとも訪問したいお店です。

震災1年後の宮古

ポツンと一軒屋の「寿司 魚正」