八丈島PART4

2024年12月06日

八丈島で泊ったホテルのロビーに「宇喜多の大河」のポスターが掲示されておりました。
五大老(徳川家康・前田利家・毛利輝元・宇喜多秀家・小早川隆景「後に上杉景勝」)で唯一大河ドラマ化されておりません。
WEB署名ができるので早速署名をいたしました。 すると「宇喜多の家臣団証」が送られてきました。
ちなみに前のブログにも書きましたが、八丈島に島流しになった宇喜多秀家は、豪姫との間にできた二人の息子も島流しになり、赦免許可がおりた後も島を離れず、秀家は現地妻も持たず、お互いを思い続けたそうです。 夫婦の鏡やなー。
岡山県瀬戸内市のホームページで「宇喜多の大河」の署名活動が展開されています。
一緒に宇喜多の家臣団になりましょう。

宇喜多のみ 大河ドラマが ありません

五大老 他の大老 ドラマあり

瀬戸内市 ホームページに 記載あり

署名をし 宇喜多家臣に なりました

八丈島PART3

2024年12月04日

黄八丈は、八丈島の特産品です。
ずっと昔に、黒潮に乗って中国からもたらされた絹織物を作る技術、それが八丈独自のシルクロードと言えるかも。
それから八丈島で発展していった黄八丈は外国人、特にドイツ人には大変喜ばれているそうです。 それはドイツの国旗と色が一緒だからです。
黄色を染めるのは「こぶなぐさ」、赤色を染めるのは「タブノキ」、黒色を染めるのは「スタジイ」という椎の木、草木染です。江戸時代、お米があまりとれなかったので年貢は黄八丈だったそうです。

もう一つは、流人の暮らしです。
島の生活は一言で言うとほったらかし、自分で食べるものを調達しなければなりません。
手に技術があれば島の民に重宝され、本土からの仕送りがある流人は生き永らえたそうで、島娘と所帯を持つこともできたようです。 ただ、その日の糧を得るために海辺から10キロの重さがある玉石を担いで2kmの道のりを玉石垣を作るために運ぶような重労働をして報酬はおにぎり1個だったとの事、やはり流人にとっては過酷な労働を強いられていたようで病気になり、栄養不良で多くの流人は亡くなっていったそうです。
本土で重い罪を犯したんで当然の報いと言えばその通りですが、八丈島にとっては安い労働力を得られ、流人から色んな技術も得られ、島が発展したのも流人のお陰と言われているようです。

黄八丈を着た島娘??

 

ドイツ国旗

玉石で作った玉石垣(六方積み)

 

八丈島PART2

2024年12月02日

八丈島は八丈三原山(東山)と八丈富士(西山)が繋がってできた島だそうです。
それぞれ火山の噴火で一つの島になりましたが、噴火の時間差が10万年もあり、地質が違い、東山ではお米の栽培ができていましたが、西山側はほとんどが玄武岩でできており、耕作地の土壌がお米の栽培には適しておらず明日葉やオクラなど野菜が中心、その中で明日葉は有名で色んな加工製品が作られており、大変栄養価の高い野菜です。
一口食べると3年長生きでき、2口食べると6年、沢山食べると死ぬまで生きられるそうです。
東山側では今ではお米を作るのはやめてその代わりに全国の95%の生産量を誇るのはフェニックスロベレニーを中心とした花き類(観賞用に栽培される植物)だそうです。
野菜はあしたばや八丈フルーツレモン、八丈オクラ等、でもやっぱり海の幸です。
島寿司(メダイや尾長鯛を醤油漬けにしてワサビの代わりに塗られたカラシが絶妙のアクセント)そのほかは、あの八丈くさや(意外と匂いはマイルド)そしてブド(海藻を煮出しして煮こごりにして中には魚のすり身や貝が入っており、濃厚な磯の香りが絶品)後は長生きできるあしたば、オクラのてんぷら、これらをあてにして八丈島焼酎(蔵元が4軒、芋を中心に麦もある)八丈島酒造の江戸酎の芋を頂きました。
地元に行ったら地元のお酒と地元の逸品を頂く、最高です。

八丈で 島の食材 島の酒

はるばると 来た甲斐あった 酒とあて

漬けにして カラシも塗った 島寿司や

絶妙に カラシとマッチ グッググー

尾長鯛の島寿司             メダイの島寿司他

   

ムロアジのくさや                      あしたばのてんぷら

 

その他のあて                                     八丈富士と八丈三原山

 

江戸酎(麦麹で作った芋焼酎)

八丈島PART1

2024年11月29日

遂に念願かない八丈島へ行ってきました。
確かに遠い。 羽田空港から凡そ50分のフライト、八丈島空港に着きました。
八丈島は江戸時代から罪を犯した人が流される島、浦賀湾から千石船(実際は千石も積めない手漕ぎもできる大きな帆船)で順調にいけば10日、時にして難破、海の藻屑になってしまうこともあったそうです。
私が訪ねたかったのは、宇喜多秀家と豪姫の像です。 宇喜多秀家は、江戸時代になって公式には初めての流人だそうで、それ以後1900名の罪人が流されたそうです。
宇喜多秀家は幼少のころから豊臣秀吉に寵愛され、猶子(養子に近いが、現在風に言うと、相続権がない養子?)となり、秀吉の一字秀をもらい、姓も羽柴そして豊臣姓も賜り中納言の位ももらった備前を含めた57万石の大名、五大老の一人となり、五大老である加賀100万石の前田利家の娘である豪姫を奥方に迎えましたが、秀吉の死後、関ヶ原の戦いに敗れて最後には捕まり、八丈島への遠島の刑になりましたが、八丈島で84歳まで長寿を全うしたそうです(あしたばのおかげ)。
今でも宇喜多秀家のお墓には花が手向けられています。
宇喜多秀家と豪姫の像を見学し、八丈富士を一周、美しい観光スポットそして黄八丈の織物工場や陣屋後を見学し、地元の逸品で地元の焼酎を堪能した有意義な3日間でした。

いつの日か 行きたい思い 実を結ぶ

昔から 時代劇見て 島流し

罪犯し 鳥も通わぬ 八丈へ

今昔 八丈島は 観光地

「豪姫は八丈には行ってません」

 

八丈富士           八丈三原山から見た八丈富士と八丈小島

 

ニワウルシ(庭漆)?

2024年11月28日

以前にブログに載せていた「桃太郎 読編」の鬼のようなものが写っている木の名前がわかりました。
京都の公園でボランティア活動をされている大学の先輩にこれ何の木かわかります?と聞いたところスマホを出して私のスマホのその写真をパチリ、すぐにこれはニワウルシやと即答、
こんなソフトあるでと、それは「Picture This」。すぐにスマホに入れました。
ちなみに1か月310円です。 これでますます花や木に興味持てそう??

優れモノ スマホでパチッと すぐわかる

何の木か わからず書いた ブログあり

花や木の 名前がわかると うれしいな

名が分からなかった鬼?の木       花や葉が散ってしまった今の木

 

京都で一杯

2024年11月26日

久しぶりに大学時代の友人と京都で昼飲みすることが決まり、以前に「関西テレビニュースランナー兵頭大樹の今昔さんぽ」で取り上げていた「道路の真ん中に立つ『御神木』」を午前中に見に行きました。
場所は梅田駅から歩いて12分位の所にホンマ道の真ん中にイチョウの大木が龍王大神のお社として祀られていました。
元はこの一帯は太融寺の境内だったそうです。
対として今の太融寺境内に白龍大神も祀られており、白龍大神と龍王大神は夫婦で一対の関係。
白龍大神は女性の縁結びの神として、龍王大神は男性の縁結びの神として信仰を集めているようです。
お参りをして阪急梅田駅から特急に乗って河原町駅へ43分、先斗町のちもと本店の鴨川が見えるお部屋で旧交を温めてきました。

昔から 四人一緒に 飲んでいた

今二人 二人あっちに 逝ってもた

寂しいなー 二人のために 献杯す

冥福を 祈りささげる 太融寺

太融寺                 龍王大神

 

道の真ん中の御神木     太融寺境内の白龍大神

  

先斗町 ちもと              部屋から見た鴨川

 

京都祇園 八坂神社

2024年11月25日

全国約二、三〇〇社鎮座する八坂神社、祇園信仰神社の総本社です。
待ち合わせより1時間早く着いたので、お参りしてきました。
四条河原町から真っすぐ東へ1km、初めてのお参り、正面の重要文化財の西楼門及び翼廊をくぐり、まずは国宝の本殿にお参り、大学時代の友二人の冥福を祈りました。
境内をしばし探索、相変わらず修学旅行や外国人が多く、和服のカップルや着物姿の若い女性たちが結構おられ、見とれておりました。
待ち合わせの時間が近づいてきたので慌てて先斗町のちもとへ一目散。

重要文化財 西楼門及び翼廊  (四条通り側)

国宝本殿               平忠盛謂れの燈籠

重要文化財 石鳥居(こちらが表参道)

仏教会・総代会の研修旅行

2024年11月22日

日帰りで知恩院と平等院へお参りしてきました。 知恩院は浄土宗の檀家寺の総本山です。
何度もお参りしていますが、行くたびに心が洗われます。
この研修旅行は、曹洞宗の信徒寺の総代として申し込みましたが、知恩院ということで参加いたしました。
ちょうど令和6年が法然上人浄土宗の開宗850年にあたります。
仏教会の研修旅行のため、日頃は入れない場所に知恩院の僧侶様が案内していただき、抹茶と落雁の御もてなしも受けることが出来ました。
国宝の御影堂や三門を見学してから雄琴温泉の雄山荘で美味しい昼食を頂き、続いて宇治の平等院を見学、かなり久しぶりのお参りです。
平等院は藤原道長の子頼通がお寺に改めたということで世界遺産です。
平等院最勝院は大日如来がご本尊の天台宗、平等院浄土院は阿弥陀如来がご本尊の浄土宗です。
あの有名な平等院鳳凰堂には阿弥陀如来がご本尊として祭られており、天台宗の最勝院と浄土宗の浄土院が毎年交互に管理運営されており、鳳凰堂はどこの宗派にも属さない単立の寺院だそうです。
知恩院、平等院共に修学旅行や海外の方が多くて混雑しておりましたが、大変有意義な一日を過ごすことが出来ました。

久しぶり 観光バスで  知恩院

昼食は 雄琴温泉 雄山荘

もう一つ 午後から宇治へ 平等院

歳行くと お寺参りが 趣味となる

知恩院  「御影堂」        「三門」        「日本三大梵鐘」

平等院 「鳳凰堂正面より」     「鳳凰堂裏側より」  「10円玉裏面の鳳凰堂」

  

信楽でゴルフコンペ

2024年11月19日

同窓のゴルフコンペがありました。
5期先輩が幹事をしておられ、一人かけ二人かけで出席者が少なくなり電話がかかってきました。
私は前日ゴルフが入っていましたが、先輩の頼みを断り切れずに参加しました。
最高齢は82歳、みんな年上、でも元気、ただお昼の話題は病気の話、ゴルフしたい一心で病気に立ち向かったとの事、他人ごとではありません。
ゴルフが終わり懇親会、モミジもきれいに色づいておりモミジをバックに記念撮影、懇親会も盛り上がり一日楽しく過ごしました。
信楽からの帰り道に窯元がいくつもあり、全品半額の看板にひかれて開運、招福の信楽焼のたぬきを2体買って帰りました。
ゴルフがうまくなりますように。

先輩に たのむと言われ 断れず

二連チャン しかも信楽 四時起きや

私より みんな年上 高齢者

負けられん 気持ちと身体は 空回り

紅葉のスピード

2024年11月18日

ここ2週間にかけて川向うのお宅のもみじの移ろいを見ておりました。
写真のように見事に色づいてきました。
ふと見ると家の庭の餅木の実も赤く染まっておりました。
そろそろ寒くなってきて冬になっていくんでしょうね。

見渡すと 山も色づく 冬支度

とは言えど 昼間二十度 まだ暑い

2週間前             1週間前

 

今日              もちの木の色づいた実