大谷翔平選手のい~いお話

2026年08月17日

8月15日は、終戦の日、戦没者を追悼し平和を祈念する日です。その日にアメリカ大リーグで活躍する大谷翔平選手のいい話が、ユーチューブにアップされていました。次のような内容です。ドジャースの正捕手であるウイル・スミス選手が、首の椎間板の炎症で6月11日にIL(Injured List・故障者リスト)入りして、復帰は8月中旬以降と球団が発表していました。当初は選手仲間の多くから励ましの連絡はありましたが、一か月後には少なくなり、2か月後には連絡はほとんど来なくなったそうです。連絡が来なくなった理由もわかる、自分も連絡をしなくなると、どう声を掛けたらよいのか、頑張れとか待っているからとか言ってもつらいだけ、それで声を掛けることから遠ざかる、そんな中で、大谷翔平選手だけはずっと連絡があり、励ましの言葉ではなく、その日の試合内容、この投手の配球をどう思うのか?新しく加入してきたこの投手のこの球が、素晴らしいとかをずっと話続けていたそうです。最初は何でそんなことを話すんやと思っていたそうですが、よく考えてみると、翔平は、自分を正捕手として一緒に戦っていると思ってくれているんや、まるで監督やないかと感じたと言っていました。翔平も2度右肘の手術をして、長期離脱した経験があり、それと自分の球をずっと受けてくれていた事、そんな思いがあっての対応だったのではないでしょうか?ようやくウイル・スミスが送球練習を再開できるまで回復した時に、翔平は横に並んでキャッチボールをして、最初にキャッチボールをした相手が、大谷翔平だったそうです。ウイル・スミスに早く正捕手として帰ってきてほしかったとは思うけど、今はバッターのみで、左膝の痛みと炎症で、ピッチャーはしばらく復帰できないけど、ウイル・スミスと一緒に投手復帰・正捕手復帰出来たら最高なんやけどなー。

この歳で 人の苦しみ 分かるんや

いい話 過去にもあった これぞ翔平

 

 

棚経

2026年08月14日

お盆です。今年は10連休の方もおられます。娘婿もそうで、お盆前に家族で泊まりに来ました。プールで遊び、横の川で魚釣り、ソーメン流しに花火と孫たちは、大変楽しんでいました。じじ、ばばは、ヘトヘトでしたが。そしてお盆の中日の14日は、棚経です。檀家寺の住職様とお弟子さんが、一軒一軒檀家の自宅に赴き、御先祖様への感謝と仏様への祈りを込めて読経して頂きます。棚経で来られる前に墓参りに行こうとお寺の駐車場に着くと、住職様が単車に乗って走っておられました。お弟子さんは、村中の檀家30軒をカンカン照りの中、大汗をかきながらの歩き、これも修行ですと住職様の弁。昔から我々の村は、8月13日の夕に父母を含めご先祖様が仏壇にお帰りになります。13日の夕食をお供えして14日は朝・昼・夕の3食と夜食をお食べになった後、西国浄土へお帰りになります。13日、14日の夕食後、家の者は、「西国三十三所御詠歌」を唱えます。毎年、行われるお盆の儀式、あと何回行うことが出来るやら?

御詠歌を 唱えながらに 父母想う

今になり 分かったような 盆の意味

手持ち花火                噴き出し花火

 

ソーメン流し準備完了

信徒寺の施餓鬼供養

2026年08月09日

私が、総代をしている信徒寺の曹洞宗「閻通山・松山寺」は昔から8月9日に施餓鬼供養を行います。5日には世話人全員、掃除や準備のお手伝いです。どの宗派のお寺も8月初めから8月終わりにかけて施餓鬼供養を行います。お寺さんにとっては一大イベントです。また、檀家寺である浄土宗「金剛山・成仏寺」でも施餓鬼供養が8月19日に行われ、参列いたします。施餓鬼供養の日、朝早くお寺に行って、本堂の回り廊下の雨戸を開けておりました。何となく境内にある池、水は枯れていましたが、池の中でうごめく物、よく見るとマムシではありませんか?頭は逆三角、体の文様はマムシそのもの、じっくり観察していると餌になるカエルを物色中?兎に角、動画を撮影しておきました。午前11時から施餓鬼の法要が始まりました。いつも通りの読経が響き渡る中に、一羽の蝶が導師様の後ろに、ちょうど初施餓鬼(今年に亡くなられた方の施餓鬼供養)をしている時です。蝶に変身して、この場へお帰りになった?そんなことを思いながら蝶を眺めておりました。厳かな中に行われる施餓鬼供養、非常に貴重な瞬間に居合わせていることを大事にしたいと思います。とは言いながら礼服&黒ネクタイという正装で冷房も聞かない本堂で汗をかきながら1時間以上、これも修行と割り切って参列しております。でもやっぱり暑いです。早く上着は脱ぎたいなー。

施餓鬼会は 自分見直す ええ機会

父・母も お帰りなさい 盂蘭盆会

2年前に詠んだ川柳

本堂に 読経響く 神聖さ

鐘・太鼓 ハモる念仏 そこに銅鑼(どら)

施餓鬼供養一口メモ:餓鬼道とは、迷いの世界を六つに分類した仏教の世界観で、すべての生き物が生まれ変わり続ける輪廻の道を差し、その一つが、餓鬼道で、飢えと渇きに苦しむ亡者の世界、餓鬼に施すことで餓鬼の苦しみを和らげ、同時に施す方も功徳を得るという慈悲を実践すること、それが施餓鬼供養です。

本堂                      施餓鬼壇
 
それぞれのご先祖様の施餓鬼供養
この池にマムシが

 

初施餓鬼に蝶がしばらく佇んでいる
法要が終わると飛び立つ蝶
百日紅(サルスベリ)の花が鮮やかな境内

東大阪・神社巡り PART2

2026年08月06日

私も彼も酒好き・グルメ好きです。彼が選んだお店は、近鉄奈良線の額田駅横にある「駒すし」創業は何と75年前だそうです。懐石コース料理を予約してくれていました。女将さんが料理に合う日本酒を選んでくださり、旬の食材を使った大変美味しい料理を頂きました。秋ごろもう一度訪問しようと約束を交わして、瓢箪山駅近くにある「スナックバー・娃来(AKI)」でママさんと3人、2時間貸し切り状態でカラオケを楽しんでタクシーで友を自宅へ送り、午後11時にホテルに着きました。早速、大浴場へ、しかもここも貸し切り状態、運よく携帯を持参していましたので、入浴後動画を撮影、部屋に帰ったら、バタンキュー、朝10時から予定があり、朝食を済ませて一路川西へ。本当に楽しい有意義な時間を過ごすことが出来ました。友に感謝です。秋にはまた来るぞー。次は瓢箪山稲荷神社を参拝しよう。

美味しいな ああ美味しいな 美味しいな

楽しいな ああ楽しいな 楽しいな

駒すし

 

懐石料理一式(なんと8品で驚きの6600円)

 

 

 

 

スナックバー娃来

大浴場
露天風呂からの大阪の夜景&近鉄電車
大阪の夜景

枚岡神社境内を流れる川

東大阪・神社巡り PART1

2026年08月03日

平成5年まで勤務していた職場の同僚との久しぶりの再会です。東大阪へ高速を飛ばして枚岡神社に午後1時30分に到着、12月に行われる「お笑い神事」と「天の岩戸開き神事」で有名です。主祭神として祀られているのは天児屋根命(あめのこやねのみこと)、このお方は、祝詞と言霊を司る神だそうです。創建は、神武天皇の即位(紀元前660年)の3年前と伝えられております。いつものように参拝終わり、お守りゲット、境内をウロウロと散策、木陰の中で風もあり汗をかくのもマシでした。待ち合わせの石切釼箭神社(いしきりつりぎやと読みます)へ、10年振りの再会です。彼は自宅も近く、神社仏閣が好きであちこち奥さんと行っているそうです。旧交を温めながら本殿参拝、いつものようにお守りをゲットしました。ちなみに祭神は天照大神の孫である饒速日尊(にぎはやひのみこと)と、その御子である可美真手命(うましまでのみこと)の親子二柱の神がお祀りされています。創建は、神武天皇2年(659年)と言われています。余談ですが、神武天皇が即位されたのが、2月11日でこの日を建国記念の日とされています。神社の横に「石切参道商店街」、結構長くて登坂、汗をかきながら、名物スポットの「石切つけもの横丁」を覗くもお休みか?結構色んな物産が並んでいる立派な商店街を後にして、車で5分の「ホテルセイリュウ」にチェックイン、8階のフロアには無料ラウンジがあり、酎ハイを飲みながら懐かしい昔話に花が咲きました。その後この辺では有名な寿司屋さん「駒すし」に向かいました。それについてはPART2でお話します。

両神社 創建されたは 紀元前

神武さん ここを通って 橿原へ

橿原で 神武天皇 即位する

橿原は ここから直線 20km

枚岡神社 拝殿                  枚岡神社 本殿
 
本殿からの動画
近鉄奈良線「枚岡駅」近くの二の鳥居        枚岡神社 全容図
 
石切釼箭神社 絵馬殿              石切釼箭神社 本殿
 
境内の水神社の池で亀さん甲羅干し
石切参道商店街                  石切つけもの横丁
  

天空の城 竹田城

2026年07月30日

梅雨明け少し前の話です。午後7時、雨です。まだ明るい、山に霧がかかり、山水画にあるような構図、早速一枚パチリ、イマイチでした。そんなこんなで、9月に行くゴルフ旅行、前回台風でキャンセルになったリベンジのゴルフ旅行、今度は車で行ける所を選び、途中にある天空の城、兵庫県朝来市和田山町の竹田城へ観光もセッティング、天空つながりで思い出しました。高校の同級生が、10年前にマチュピチュに行って来て、ペルーのお酒「ピスコ」をお土産にもらいました。ワインを蒸留した45度のお酒、サワーやカクテルで頂くと美味しいです。マチュピチュは天空の都市と言われており、標高2430m、ただ最寄りの都市クスコの標高は3400mもあり、ここからマチュピチュまで3~4時間もかかり高山病に要注意と言ってた事を思い出しました。天空の城「竹田城跡」、スケールは小さいですが、10月初め、稲刈りが終わったら、行く予定です。その時にまた改めてご報告いたします。

霧が立ち 雨に霞んだ 山寂し

文月に 梅雨の夕暮れ 霧立ちぬ

霧に霞む山並み(7月1日撮影)

雲海の中の竹田城跡           竹田城跡雲海の日の出

 

天空の都市マチュピチュ

プロ野球観戦、東京にてPART2

2026年07月27日

昨日の野球観戦に続いて、飯田橋のアパホテルを午前9時30分に友と出発、目的地は、先日訪ねた彦根城で「ひこにゃん」に遭遇、その時にひこにゃんの名前の由来を説明されていた世田谷区にある「曹洞宗・豪徳寺」にお参りしようと二人で行ってきました。もう一人のお坊さんである友は、奥さんのお母さんが神奈川県の介護施設に入所されているので奥さんと一緒に面会に行かれたようです。JRで新宿駅へ、そこから小田急線で豪徳寺駅に凡そ40分で到着しました。駅から歩くこと15分、汗びっしょりになりながら「ファン付の日傘」を差して、ようやく到着、山門を抜け本堂にお参り、「招き猫」の由来のひとつが豪徳寺説です。前回のブログでも説明しました通りです。境内には至る所に右手をあげた招き猫の大軍が鎮座されておりました。

金運と 商売繁盛 右手上げ

両手上げ 欲深すぎる 何もなし

そうすると 左手上げる 人招く

招き猫一口メモ:日本では古くから猫は魔除け・豊穣の象徴とされており、夜目が利き、穀物を食べるネズミを退治する。商家では「猫がいると店が繁盛する」と信じられた、こうした文化的背景が、招き猫という縁起物が誕生した理由だそうで、「豪徳寺説」以外にもう一つ「今戸神社説」もあるそうです。

豪徳寺山門   豪徳寺本堂
 
三重塔(正式名・招福猫児三重塔)
奉納 招き猫の大軍

 

買ってきた招き猫

プロ野球観戦、東京にてPART1

2026年07月24日

昨年同様、巨人対広島戦です。昨年は兵庫県出身選手の活躍で4:3と勝利しました。現在のセ・リーグ順位は、阪神・巨人48勝38敗同率首位、3位のヤクルトに7.5ゲーム差で3位以下を大きく引き離しています。2か月前に阿部慎之助前監督が娘への暴行容疑で逮捕され、翌日辞任、不起訴(起訴猶予)になりましたが、娘がチャットGPTに相談することで児童相談所が警察に通報、そして逮捕され、社会的に大きな問題になったのは、つい2か月前です。この事で巨人軍のコーチや選手たちも大きく影響を受けて、成績がきっと低迷すると思っていましたが、橋上秀樹オフェンスチーフコーチが監督代行に就任後、すぐに交流戦突入、10勝6敗2分けで4位、セ・リーグでは1位となり、再開された公式戦では24勝16敗と見事な成績です。阿部前監督の辞任というアクシデントを力にして一致団結、結果を残しました。さらにこの広島戦もすでに二連勝して、昨年と観戦2年連続の勝利を期待しましたが、1対6の完敗でした。やけ酒を飲みに水道橋駅の居酒屋へGO、ついでにカラオケも、これも完敗、散々な結果となりました。予兆はありました。まずは、搭乗手続き間に合わず、追加料金を取られて、次の便で羽田へ、ドーム近くのアパホテル、これもいつものホテルと思ってチェックインも「飯田橋駅前」と「飯田橋駅前南」と勘違い、二つの私のミスにより、遅れに遅れ、ゲームスタートギリギリ、席も列の中央、すでに満員、席まで行くのに頭下げ下げ、しかも後ろの席には熱狂的な赤ヘルの応援者数名、ずっとカープの応援を聞いていました。ほんと良いところなしの東京ドーム観戦でした。残念無念。

赤ヘルに 出だし躓き 完敗す

横の友 可愛い売り子 選んでる

ムカつくなー 後ろの応援 もうええわ

カラオケは こぶしとしゃくり ビブラート

完敗です       バックネット三塁側の真ん中の席
 
こぶし・しゃくり・ビブラート・これ大事
東京ドーム
巨人軍応援歌(やけくそで歌う)

孫との語らい

2026年07月18日

朝早く、良くこのブログに登場する孫娘からショートメールが入る。蝉がうるさくって目が覚めたという内容、早速返信する。松尾芭蕉の蝉にまつわる有名な俳句を思い出したので、添付して、送る。こんなんです。「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」(山形県「山寺・立石寺」で詠まれた句、行ったなー)、そこで孫娘に詠んでと頼んだらこんなん送ってくれました。よし、私も詠もっと。

蝉しぐれ お日さんぎらぎら 暑さ増す

蝉の声 合間に聞こえる ホーホケキョ

(爺さんの句)

 

うるさすぎ こいつのせいで 起きてもた

(孫娘の句)

松尾芭蕉が立石寺で詠んだこの句のホンマの意味:蝉が静けさを破るのではなく、逆に“静けさそのものを深めている”という、芭蕉が山寺で到達した心の境地の表現、 これは単なる情景描写ではなく、極限の静寂の中で心が澄み切り、蝉の声さえも静けさの一部として溶け込んで聞こえるという、精神的な体験を詠んだ句だそうです。深いなー。

立石寺にある松尾芭蕉と門人河合曾良の銅像と句碑   立石寺境内にある「せみ塚」

 

立石寺本堂                  立石寺開山堂と納経堂

 

腰痛にも負けず

2026年07月16日

宮沢賢治の雨にも負けずではありませんが、腰痛発症4日目で、ゴルフに復帰しましたが、腰痛より御存知この暑さ、空調服、ファン付日傘、首掛けファン、さらには氷嚢、冷感タオルなど冷感グッズを駆使して、ゴルフを楽しみ?いや苦しんでラウンドしていました。どうしてそこまでしていくのか?それは、友との競い合いと昼食時の取り留めのない語らいです。仕事、趣味が共通し、何十年も続く付き合い、最高です。人生の終盤が近づきその時その時を楽しむ、それぞれの時代にお付き合いしてきた仲間が多ければ多いほど人生を豊かに彩ってくれます。これからも体が続く限り、悔いのない人生を送りたいと思います。雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだを持ち。(また、言ってる)

とは言えど 体に悪い この暑さ

如何にして 暑さ凌ぐか 知恵比べ

みんな着る 空調服が うるさ過ぎ

(カートに空調服を着た4人、最強にするとファンの音がうるさ過ぎ)

空調服

首掛けファンと腰付けファン  冷感タオルと氷嚢

 

ファン付日傘

 

日傘の柄のこの小さな穴から風が。