総代を務めているお寺(曹洞宗の尼寺)の庵主様が天寿を全うされた。先代の庵主様に名前を付けてもらって、お寺の世話人を三十年以上勤めてきた。ただ仕事の都合で名前だけの時期もかなりあったが、弔辞を読むような立場となり、先日テレビで西田敏行さんの弔辞を米倉涼子さんや三谷幸喜さんらが読んでおられたが、実に見事に西田さんとの関りをユーモアを交えて、心にしみる言葉でお話しされていたことを思い出して、三十数年を振り返り自分なりに心を込めて弔辞を読もうと決めて臨んだ。言葉に詰まりながらも思いは通じたのではと自己満足。このお寺は、1707年創建で今回お亡くなりになられた庵主さんは、二十八代目の曹洞宗の比丘尼(尼僧)です。次のような遺偈(ゆいげ)を残されました。その遺偈(師僧が悟りの境地を漢詩風に表現し、弟子に与える辞世の句)が貼り出されていました。それがこれです。 「九十二年 風驚雨過 乾坤獨歩 草鞋踏破」意味は以下の通りです。
(九十二年の生涯は、激しい風雨の中で過ごした。まだ天地を独歩する気概は失わない、これから草鞋(わらじ)を着けて行脚(あんぎゃ)に出づる)という意味だそうです。言葉の奥が深い。
只管打坐 唯々座る 無の境地(曹洞宗の神髄)
振り返る 庵主様との 関りを
思い出す いつもニコニコ 微笑みを
お別れに 心を込めて 弔辞読む